三 かいこおきてくわをはむころ

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「今回は手術したほうがいいって、父さんがさ。手術すれば、サッカーしてもいいみたいだし」 「サッカー……またできるの?」  胸がギュッと詰まった。  空手を辞めたかった陽向と、サッカーを続けたかったのに辞めざるを得なかった橋北。良かったねなんて、軽々しく言ってはいけない。逃げた陽向から喜ばれても、内心ではいい気はしないはずだ。  でも、橋北が以前のようにサッカーができるようなるのは、とても嬉しかったし、ホッとした。 「またできるっていうか、前みたいには無理だけどな。今日みたいに体育でやっても壊れないくらいにはなるらしい」  言葉を繋げられなかった。  またできるは、精一杯できるわけではない。満足する程できるわけではない。  またできるは、ほとんどできないと同等なのかもしれない。  さっきよりも胸が苦しかった。苦しくて、辛くて、息を吸えば嗚咽が漏れそうで、手で口を塞いだ。頬に触れた指先が濡れた。 「走ったりもできるし、バスケなんかも体育程度ならやってもよくなるし。手術の後すぐにってわけにはいかないみたいだけどね」  声は驚くほどあっけらかんとしていた。  受話口を指で塞ぎ、大きく息を吸った。運動ができると喜んでいる橋北に対し、申し訳ない気持ちいっぱいで泣いている自分は、とても傲慢な人間だと思った。
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