三 かいこおきてくわをはむころ

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「あのさ、休みの間の授業のノートどこかで貸してくんねーかな」  わざとらしい明るい声が沈黙を破った。少し裏返ったその声のおかげで、少しだけ空気がいつも通りに戻った。 「いいよ。毎日持って行くよ」 「すげー助かる、ありがとう。でも、毎日は大変だろう。二日に一遍で大丈夫だよ」 「平気。毎日持ってく。病院は、橋北クリニック?」 「そう、橋北クリニック」  橋北の父は自宅の近くで入院設備の整った病院を開業していた。内科・小児科・整形外科・外科と生活に密着した診療科目を網羅した、地元ではちょっとした病院だ。 「そっか。じゃあ、やっぱり毎日持って行くよ」 「なんか悪いな」 「あんまん、冬の間中毎日ご馳走してくれたらそれでいい」 「そんなの余裕。でも、そうか」  橋北が言葉を切った。  切った言葉が続くまで、少し間が空いた。 「嬉しいな、入院しても毎日陽向に会えるんだ」  鼻の奥に、あの時の橋北の匂いが広がった。胸が疼く。苦しくて切なくて愛おしくて、視界が揺らいだ。 「うん、毎日会いに行くよ」  橋北の息を飲む音が聞こえたような気がした。  どちらからともなくおやすみを交わし、通話を切った。
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