四 べにばなさかうころ

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   一  学校から帰ってきて、眠っていたようだ。ゆっくり起き上がり、窓の外を見た。いつの間にか日が暮れ、冥色の帳が途中まで降りていた。  今週は色々ありすぎて、あっという間だった。  橋北には二回、ノートを届けた。  明日、橋北は手術だ。できれば術後すぐにでも駆けつけたいところだけど、それは現実的ではない。橋北の体調が良ければ、日曜日に会いに行くと約束をした。  不意に橋北に抱きしめられた感触を思い出し、恥ずかしくて頭から薄い布団を被った。目を閉じれば、肩や腕や匂い、橋北の鼓動だって思い出せる。  たった一度抱きしめられただけで、こんなに胸はうるさくなって体中の血液が頭に集まるのに、この先二人の関係がもっと進んだらどうなってしまうのだろう。  想像しただけで、恥ずかしくて悶えてしまう。実際にそうなったら全ての感覚が麻痺して思考が停止するのではないかと思った。  大人になったら、抱きしめたり抱きしめられたりに慣れるのだろうか。それはそれで、寂しい気がした。  ぼんやりと宵の口の空を見上げていると、階下からチェロの音が聞こえてくるのに気付いた。  幸太のチェロを聴きながら宿題をやろう。  急いでカーテンを閉めて、ベッドから飛び降りた。リュックから教科書とノートを出して、スマートフォンと筆箱を乗せた。  幸太とは仲直り済みだった。基本、二人とも、一晩寝れば嫌なことは忘れる引き摺らない性格だった。
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