四 べにばなさかうころ

3/7
前へ
/145ページ
次へ
 宿題を抱えた陽向は、幸太の部屋をノックした。チェロの音が止んだ。そっとドアを開けると、陽向の足を掠めてノラコが部屋へ入って行った。 「ここで宿題してもいい?」 「いいよ。なんだ、ノラコは昼寝か?」  幸太の足に顔を擦り寄せてから、ノラコは専用のベッドの中で体を丸めた。  陽向は幸太の机に教科書を広げた。幸太の机はアンティークで、オーク材でできている。今は幸太の机だけど、前は大志の机だった。  数学の宿題が五ページも出ている。ワークとノートを広げて、さっそく取りかかった。  幸太の奏でる旋律が陽向を包む。  ノートの上を走るシャープペンシルの音も心地良かった。  演奏曲が変わり、旋律が変わる。  陽向は、リズム良く問題を解いていく乾いた音を止め、チェロの音色に聞き入った。 「この曲、私が生まれた時に作ったんだよね」  幸太が目だけを動かして陽向を見た。 「そうだよ。die sonne、陽向の曲だよ」  die sonne。ドイツ語で太陽という意味だ。これは、陽向の誕生を祝って作られた曲だった。  大志も大好きだった。何かある毎に幸太にねだり、目を閉じて演奏に聴き入っていた。  陽向もこの曲が好きだった。いくつもある幸太のオリジナル曲の中で、優しく切なく明るいこの曲が一番好きだった。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

395人が本棚に入れています
本棚に追加