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一
厚い雲に覆われた空に閃光が走ったのだと、店の中にいても分かった。しばらく時間があいて、ドーンと大気をつんざく轟音が、自動ドアのガラスを震わせた。
春雷だ。それだけではない。軒先や車の屋根、外にあるいろいろなものが、固い音を立てて合奏を始めた。音の原因は、暗い空から降り出した霰だった。
自動ドア越しに外の様子を覗き、果たして岡崎幸太がちゃんと傘を持って出かけたのか、相楽陽向の視線は手元のスマートフォンと暗い空を何度も往復した。雨粒よりも少し大きくて白い粒が、沿道のインターロッキング・ブロックの上を軽快に跳ねている。
今日は朝から富士山に笠雲が掛かっていて、午後から雨が降ることは分かっていた。仕事で東京に日帰りで行くという幸太に、出掛けるまでに最低でも十回は傘を持つように口酸っぱく繰り返した。
幸太は今日のコンサートで演奏する楽譜を何度も指でなぞりながら、気もそぞろに空返事をするばかりだった。
絶対に持って行ってないと確信があるから、余計に心配だった。
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