77人が本棚に入れています
本棚に追加
ガチムチと現場と私
「よお」
目をやると、そこにはタオルを頭に巻いてニッカポッカを穿いた赤沼さん──赤沼君でいいか──が、縁石に座り込んでいた。
「駐車場の土間コンがまだ乾いてないから、入るなよ」
「はーい」
パシャパシャ撮影していると、後ろに赤沼君が立っているのが分かる。
「どうしたの?」
「いや、頭皮まで真っ赤だな、と思って。除草までさせられるの? 営業って」
「いつもは業者さんに頼むの。仕事はいいの? 怒られない?」
赤沼君はにっと笑う。
「もう今日は上がり。この現場はヘルプで入ったんだ。本当は休みだったんだけど、雨が多かったから仕事少なくてさ。呼ばれたらあちこち入るようにしてる。あんたは?」
「私はいったん家に帰ってシャワー浴びてから、営業所に写真アップしにいく」
「まあ、どろどろだもんね」
乗車拒否されるほどじゃないと思うけど。
「汗臭そう」
ボソッと言われ、私は日焼けした顔をさらに真っ赤にした。
「他の乗客に迷惑かな」
「良かったら、送ってくよ。俺も似たようなものだし。軽トラで悪いけど」
少し迷ったけれど、お願いすることにした。
運転している彼の腕を見て、若干引いた。太っ! いや、ぱっつぱつだな、Tシャツの袖口。
「それって仕事だけでそんな筋肉になるの?」
「うん? ジムも行ってる」
どんだけ筋肉マニアなんだよ。
「緒方さんは、どうして不動産の営業やってんの? キツくない?」
「学生の時、宅建受けたら受かっちゃったから、なんとなく……かな」
そんな話をしながら、ちょっともじもじしてしまう。彼からは爽やかな制汗スプレーの匂いがするのに、私ったら汗脇シート一つも持ってきてない。
狭い車内より、電車の方が良かったんじゃないかな、なんて思っていたから。
無意識にエアコンのつまみを大にした。
「ごめん、臭わない?」
モジモジして言うと、赤沼君はふっと笑った。
「いい匂いだよ」
それから焦ったようにそっぽを向く。
「いや、わりぃ、セクハラ発言だったわ」
「いいから、前向いて前」
事故るわ。
アパートの前で降ろしてもらって、ふと赤沼君に聞いてみる。
「お家近いの?」
「ちょっとかかるかな。今日はブロック積んできたから、置き場に軽トラ置いて、鍵を社に返してから電車で帰る」
電車使うのか。まあ、女が臭うよりは乗客は気にしないのかもしれないけれど。
私は悩んだ。これってどうなのかな、と思いつつ相手が恩人であること、今回また借りを作ってしまったことを考慮し、おずおずと言った。
「変な意味じゃないんだけど……。シャワー、うちの使ってく?」
赤沼君は目を丸くした。
「え、それって?」
「え?」
「食っていいってこと?」
変な意味じゃないって言ったよね!? いや、でも確かにそう思われても仕方ないか。
「なんでもない、聞かなかったことにして」
慌てて取り消すと、赤沼君は爆笑した。
「わりぃ、あまりに無防備だからさ」
ひとしきり笑った後、真顔で言った。
「じゃあ、借りるわ」
「あの、私部屋の外に出てるからさ、先に使って帰ってくれれば」
「俺はもう仕事無いから、先に使いな。なんにもしない、ナンニモシナイヨー」
本当だろうな!
「あんたが身支度整えてる間、さっと浴びるよ」
「着替えは?」
「盛大に汚れた時のために、いつも持ってる」
最初のコメントを投稿しよう!