2人が本棚に入れています
本棚に追加
今のは一体――
涙が見せた幻だったのだろうか、今誰かと見つめ合った気がした。ほんの一瞬の出来事で、何があったのか理解出来なかった。けれど心は何かを訴えかけてきている。
泣いている時、温かいものが落ちてくる感覚があった。真珠のようなしずくが胸の中に入ってきて、ぽっかりと開いた穴を埋めるように花開いていくのを感じた。
この温もり、知ってる。何度も画面上でやり取りをしたあの人と同じ温もり。直接触れ合わなくても感じた文字や音声から伝わってくる優しさ。間違えるはずがない。あの人を感じていた時と同じように心臓が高鳴っているのだから。
「今、ここにいたんですか?」
問いかけても答える人はいない。ふと窓の方へ視線を移す。開けたままになっている窓からは穏やかな風が吹き込んで、手を振るようにカーテンが揺れていた。
その光景を目にした瞬間、心の中に唐突に強烈な寂しさが生まれる。理由はよくわからない。ただ温もりをもらった心が直感していた。
彼はもうこの世にいない。
「なんで? どうしていなくなっちゃったんですか? 一体何があったんですか?」
本当の名前も知らない、誰よりも大切な人。死んだ理由を知ることも、線香を上げに行くことも出来ない相手。そんな薄い繋がりしか持たない私達。
「いいえ、違いますね。あなたはもうどこにもいないけど、ここにいる」
どんな魔法を使ったのか知らない。けれどきっとこの心の温もりは彼が残してくれた謝罪と感謝の、最後のプレゼントだと思うから。
クッションに放り投げていたスマホを取り上げる。フォロワー一覧を表示し、彼の名前を見つける。名前をタップして、彼のページを開く。
もうそこにはいないとわかっている。けれど心の繋がりだけじゃあ心許ないから、もう一度だけ、二度と更新されることのないアカウントのフォローボタンを押した。
〈終わり〉
最初のコメントを投稿しよう!