2人が本棚に入れています
本棚に追加
『今どこにいますか?』
投稿画面にそう打ち込んで、送信ボタンを押す。
画面が投稿した一行分だけ上にスライドして、今打った文章が追加される。
TwitterのDMの画面に並んだ私の投稿文。どれも他愛のない質問達ばかり。
『今日はどこかに出掛けましたか?』
『昼は何を食べましたか?』
『今地震あったけど大丈夫ですか?』
『明日は何をするんですか?』
一日に一つだけ送る質問。短い文章にありったけの心配を込めて送る。
もはや習慣とも惰性とも言えるようなこの作業。
けれどどれだけ待っても、何度画面を覗いても、既読を知らせる青いチェックマークがつかない。
今日もスクロールして確かめてみる。
最後に既読がついたのはもう一ヶ月も前だ。
とあるゲームキャラが好き同士な私達はTwitterという画面上で出会った。
最初はTL上で、そのうちDMでもやり取りするようになって。
順調に仲良くなっていって、お互いの年齢や住んでいる大体の位置も知った。
ある時からは通話アプリのアカウントも交換して、翌朝後悔するほど夜遅くまでボイスチャットをしながらゲームをするなんてことも日常茶飯事。
そんなに仲良しだった私達だったのに。
どうして既読はつかなくなっちゃったんだろう?
――いまどこにい
物思いに耽っていたら、いつの間にかまたその文字を打ち始めていた。慌ててバックスペースを押して文字を消す。
駄目だ。相手もきっと忙しくて返事が出せていないのだろうから。一日一つだけって決めたのだから。
スマホの画面を切って、床にごろんと寝転ぶ。
けれどすぐにスマホの電源を入れてログを追う。
既読のついた最後の日に何か失礼なことを言ってしまったんじゃないか。何度経験したかわからないそんな不安に襲われて。
最後に話したのは好きなお酒の話だ。彼は日本酒が好きで、その日も友人から誕生日プレゼントにもらった至高の一本を開けながらDMでの会話を楽しんでいた。その頃、仕事が忙しかった彼は少し飲んだだけで酔いが一気に回ってしまったらしい。珍しく早く会話を切り上げて彼は床に就いた。
その翌日から、既読がつかなくなった。
最初は仕事が忙しいのだと思っていた。一週間経った頃、スマホが壊れたのだと思った。そのまま二週間が経ってしまって、いよいよ何かがおかしいと気づいた。
普通忙しいだけで二週間も放置するだろうか? 返事がないだけならまだしも、既読もつけないものだろうか?
ログをスクロールしていた指が再び投稿欄へと動き、タップする。
――今どこにいますか?
投稿画面に打ち込み、指が止まる。酷く胸騒ぎがする。
お願い、次の投稿で既読がついて。
そう願いながら、送信ボタンを押す。
『今どこにいますか?』
投稿文の青い吹き出しの下に送信完了を知らせるグレーのチェックマークがつく。
けれどそのチェックマークが既読の青いチェックマークに変わることはない。
胸が早鐘を打って、たまらなく涙が込み上げてくる。悪い予感が頭の中で渦巻く。
『今どこにいますか?』
『今どこにいますか?』
『今どこにいますか?』
何度も何度も打っては送信ボタンを押す。一度打ち出すと止まらなかった。
止めようと思っても止まらない。何度も押さずにはいられない。ただ返事がほしくて同じ文章を何度も送り続けた。人が見たら私が狂ったか、アカウントを乗っ取られたかと思うだろう。わかっている。でも、歯止めが利かない。
『今どこにいますか?』
『今どこにいますか?』
『今どこにいますか?』
『今どこにいますか?』
『今どこにいますか?』
心の中にポッカリと開いた穴から想いが決壊する。
お願い、お願い、お願いだから私の呼びかけに気づいて。
投稿する度にそう願う。願いの数だけ青い吹き出しが増えていく。
何分そんなことを続けていただろうか? ふと我に返って手を止める。
気がつけば画面には同じ文章が延々と並んでいて、昨日までの質問文はスクロールした先の彼方へ押し出されていた。ようやくDMを開いた彼がこんなものを目にしたらどう思うだろう? 取り消し不能な大量の投稿文を前に、私は震えた。
『ごめんなさい。どうかしていました。もうDM送るのはやめます』
冷静にそう打って、二人きりのDMから退出する。アカウントのフォローもこちらからは切っておいた。フォロワーにはまだ彼が残っている。
スマホをクッションの上に放り投げ、寝転ぶ。なんて一方的な別れだっただろうか? 返事をしてこないからといって、あんな怪文書を送りつけていいはずがない。完全にどうかしていた自分が恥ずかしくなったせいか、涙がとめどなく溢れてきた。
でも、やっぱりわからない。
どうして彼は返事をくれなくなったのか――
最初のコメントを投稿しよう!