宝探し

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   翔と優香もほのぼのとした初々しい夫婦だ。2人は勝敗などに拘りも無く、散歩気分で寮の中を歩いている。翔は碁石を探していない。優香が時折、植木鉢の中を覗く。これが結構個数がある。葉っぱの陰の黒い土に黒い碁石。上手い隠し方だ。  時折、翔の体を気遣って優香が座って休む。完治にはほど遠いのだから旅行そのものにちょっと無理があるのだ。けれど、翔にしてみれば社員旅行に来ないなど有り得なかった。花がいるとは言っても、家族は今やっと優香が増えただけ。仲間との交流の場を大事にしたかった。 「何個になった?」 「12個。結構集まったね。R&Dの社員旅行って楽しい! 購買部はよくあるタイプで飲み会が主体なのよ」 「イベントが終わると飲みたい連中で飲んでるんだ。俺は当分アルコールはだめだけど」 「翔さん、お酒強いの?」 「そんなに飲めないよ。酔うまで飲むんじゃなくって雰囲気を楽しむって感じ」 「良かった! 大酒飲みは困るもん」 「早く治りたいなぁ、ちゃんとした結婚式挙げないとね」  パッと優香が赤らんだ。その頬にキスをする。通りかかるところだった田中は慌てて引き返した。見られた方より見た方が罰が悪いというものだ。  その田中はよりによってちょんまげ付きの禿カツラを持っていた。浴衣の懐にも隠せずに、お尻の後ろに隠して歩いている。 「田中さん、カツラなの?」  後ろから来たのはジェイだ。その声で消えかかった木内が戻ってくる。 「しっ!」 「蓮はちょび髭なんだよ。2人揃ったら楽しいね!」 「だから、静かに!」  広いと言ってもそこまで広いわけじゃない。なにしろ子どもを入れて39組が動き回っているのだ、すぐにでもすれ違う可能性が高い。  静かに、と言われたジェイは小さい声になってもはしゃいでいる。 「蓮とお揃いだって、後で言っとくね。あのね! ちょび髭と禿カツラってセットなんだって! 知ってた!?」 「いいからあっち行け」  近くの部屋から出てきたのは、これまたよりによって桜井だ。 「わ、禿カツラ! 後で田中さんの写真撮ってあげますね!」 「着けるとは限っとらん!」 「えええ、着けるに決まってるじゃないですか! 楽しみにしときまーす」 「お前もあっち行け!」  桜井の手には無難なプラスチックのコップが握られていて、それも憎たらしい。  Annaが見つけたのは扇子だ。どう使うのか分からなかったが、広げてみて嬉しくなった。薄い青に小さな赤い金魚が泳いでいる。 「Oh,it's very cute(すごく可愛いわ)!」  なんとなく使い方が分かって、自分の部屋に行って扇いだ。宝を探すまでの間に7個の碁石を見つけてある。これで充分Annaは楽しい。 「では結果を発表します!」  制限時間が来て、みんなが座敷に集まった。わいわいと賑やかで楽しい。互いの宝を見せあってはあれこれとお喋りだ。田中は衣の袖で隠すように膝に抱いている。 「先に碁石の競争結果です。皆さんを信じてますので、名簿順に個数を申告してください! 小さい子たち、自分の見つけた個数を言って下さいね」  幹事の呼ぶ順番に個数を申告していく。その結果、1位は最初から飛ばしていた花月だった。 「花月くん、38個! 景品はなごみ亭お弁当3回分です!」  なごみ亭が絡むから、ジェイも蓮も碁石はちょっとしか集めていない。  2位は途中から追い上げた野瀬がなごみ亭お弁当2回分。3位が哲平で、なぜか新生児用おむつが2パック。これは、野瀬に子どもが生まれたお祝いを兼ねていて、ゲーム終了後誰かと交換するだろうという前提で入っていた。相手が子どもだった時のために、別口の景品も用意してあった。4位が浜田で図書券1500円分。5位が新人図書券1000円分。6位がほのかと新人が同数で、なごみ亭フルーツ大盛りとなった。  ほのかがフルーツ大盛り券をもらっても仕方ない。そこで新人が自分の図書券と交換し、喝さいを浴びた。  ところで哲平の景品、新生児用おむつ2パック。これがちょっとした騒動の元になる。 「野瀬ー、お前の食事券と交換しようか」 「わ、ありがたい!」 「待った! 新生児用おむつなら俺んとこも欲しい!」  待ったをかけたのは、浜田だった。  
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