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「……あなたがおっしゃったように……今日一日限りでお会いすることは無いと思います……だから聞いていただけますか?」
きっと懺悔なのだろうと思ったから頷いた。また、間が空く。
「きっと……呆れ果てると思います。でも疲れてしまった……どこかで吐き出さなければ……けれど……」
「お聞きしますよ。この場限りの、相槌のある独り言だと思っていいんです」
「ありがとうございます」
伊原は大きく息を吸った。
「私は姉を思っていました。許されないことだと……分かっていました。だから秘めていたんです。自分の思いも一過性のものだろうと。そう思い続けていました、あの日までは」
間が空きながらゆっくりと昔を辿るように喋る伊原は、最初の印象より憔悴して見えた。
「両親が亡くなって……姉は別れて暮らそうと言いました。その姉を私は……自分の思いを姉にぶつけてしまいました、嫌がるのを無理やりに……」
両手に顔をうずめる。
「知らなかった……知らなかったんだ、本当は他人だなんて……なのに私は……姉が私を思っていたことさえ知らなかった……終わって……姉は私に自分の気持ちを打ち明けたんです……途端に私は恐ろしくなった……もうこれきりにしようと、やはり別れて暮らそうと、そう言いました。他人なのだと、その時に告げられました。自分は養女で私とは他人なのだと。だからそばに……置いてくれ、と。話が違う、と私は罵りました、別れると言ったじゃないかと、自分のことは棚に上げて私は責めたんです…」
重い空気がまとわりつく……けれど自分はこの一時だけだ。伊原は何年もこの重さを背中に抱えてきたのだあろう。そしてこれからも。
「ああなったのは私の責任なんです……醜い……そう思います。私は醜い。今頃になって……自分の姉を思う気持ちに嘘は無かったのだと思い知らされています……なのに私は……」
「まだその気持ちを彼女に告げていないんですね」
「……そうすれば良かったのかもしれない……別れたい、なんとかしなければ、最初の頃はそう思いました。でも姉の状態はあっという間に悪くなって……私には大義名分ができた。入院させて……世話している気になって。その内に自分が自分に嘘をついていることに気がついて……」
むごい、と思う。どんな思いで信代がいたのか。弟だからと気持ちを押し殺していたのに、全てが終わった後にその弟に背を向けられて。
「養女でなければどこかで出会って愛し合っていたかもしれない……けれど私たちの運命はただの醜さを生んだ。両親を呪い、姉を呪い……今では自分を呪っている。もう時間は戻らないのに」
「入院されている間はお姉さんは落ち着いていたんですか?」
「会いに行かなかったんです……行けなかった。今さら自分に姉が必要だなんて……言えるわけがない」
蓮は思い切って言った。
「あなたの中途半端さが事態を悪くしているとあなた自身が分かっておいでだ。彼女ときっぱり縁を切ったらどうですか。結果、お姉さんは一生病院暮らしかもしれない。でも今の生殺しの状態よりはマシでしょう。あなたはあなた自身の辛さを独り背負って行けばいい」
伊原の唇は震えていた。涙がぽとぽとと落ちていく。
「愛、してるんです」
微かな声だった。
「こうなってしまっても……愛しているのだと気づいてしまった……」
「だからなんです? あなたは自分が苦しんでいることを憐れんでいる。お姉さんの、信代さんの苦しみはあなたの比ではないでしょう。彼女は赤の他人にあなたの面影を追ってるんです。あなたに似た見も知らぬ相手に『運命の人だ』、そう言い続けながらあなただけを見ているんだ」
「私は! 私は……」
言葉が続かない。蓮はゆっくり聞いた。
「『姉』という言葉に逃げるのはおやめなさい。あなたが守りたいのは誰ですか? ご自分ですか? 信代さんですか? それだけを考えたらいいと思います。他のことは些末なことだ。誰がどうの、そうじゃない。これはあなたの心の問題です。最初に『許されない愛』と言われましたが、あなたが許していないだけだ。いや、言い訳にしているだけだ。私に言えることはそれだけです。後はあなたが決めることだと思います」
蓮はレシートを持って立った。自分を見ていない伊原に頭を下げ、会計を済ませ、喫茶店を出た。
「終わったよ」
店に入るとすぐにそばに来たジェイにそう言った。
「なにかあった? 蓮、苦しそうな顔してる」
「そうか?」
「うん」
なぜ自分が泣きたいのか分からない。ただ拠り所が欲しい、そう思った。
「ちょっと来てくれ。源ちゃん、すぐに戻る」
「あいよ」
源も蓮の様子が気になったが何も言わなかった。
ジェイを廊下に連れ出した。誰もいない。蓮はジェイを抱きしめた。『どうしたの?』そう聞きたかったがジェイは黙って抱き返した。そのまま数分が過ぎる。
体を離した蓮はジェイに微笑んだ。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
「うん。いいんだよ、蓮」
蓮は日常に戻った。
時間を経て、蓮は一通の手紙を手にする。そこにはこう書かれていた。
『あなたの言葉が突き刺さりました。また自分が間違えていたのをあなたは教えてくださった。今家を引き払い、仕事を辞め、信代と一緒に新しい生活を始めています。信代は元気になりました。ありがとうございました』
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