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「お前は不器用だからな。グチ零してストレス発散、なんてことしないだろ」
「グチ、生まれないんですよ。そういうんじゃない。仕事ではみんなよく頑張ってくれてるし、家ではありさがね。親父っさんとこも気を遣ってくれる。どこにグチが生まれます?」
「だからお前が潰れると浮かび上がってこないんじゃないかって心配なんだ。頑張るのが基準だからな、お前は」
「そう頑張っちゃいないんですがね」
蓮は池沢の生ビールを追加してやった。多分最近は大酒も飲んじゃいないだろう、と思う。弱音を吐かない男には酒が一番だ。人間どこか吐き出さなければ取り返しのつかない爆発を起こしてしまうものだ。
「カジさんはもういいんだね。怪我した話しか聞いてなかったが」
「あの人もある意味化け物ですよ。どこをケガしたんだか分かんないです。今はずっと穂高の付添いをしてくれてます」
「穂高は? まだ遊びたい盛りだろ?」
「あいつは俺にはちょっと分からない人種で。覚めてるんだかなんだか、達観しているといった感じで」
「お前と三途の子どもだからなぁ、どう育っても不思議じゃない。親父っさんの血も流れてるんだ。大物になるだろうな」
「どうでしょうね。まあ楽しみと言えば楽しみですが」
夕べの穂高を思い出す。台所に行くにはリビングのそばを通り抜ける。リビングでは久しぶりにありさがリラックスモードでやたら池沢に絡んでいた。『隆生ちゃん』『隆生ちゃん』と。それをちらっと眺めて冷蔵庫の開け閉めの音が聞こえた。また戻っていく穂高は我関せず、といった風だった。
「親としちゃああいう子どもはやりにくいですよ」
「そういうもんか」
昔話を楽しんだり、哲平の頑張りっぷりを聞いたり。喋りながらほどよく池沢が寛いでいくのが分かる。
「もっと飲みに来いよ、三途も一緒に。子どもちだってたまには外食もいいだろう?」
「……そうですね。俺だけじゃないかもしれない。ウチの連中はみんな抱え込む傾向にあるから」
「連れて来い、連れて来い。座敷だって構わないぞ、連絡くれれば空けておく。泊ったって構わないんだ」
「ここも第二の花の家みたいなもんですね」
「望んでいたことだから俺は嬉しいよ」
「ありがたいですよ。職場が近いのがなによりいい。仕事がバタバタの時は本当に有難いですよ」
刺身を出し、天婦羅を出し。駐車場の優作には出来立ての弁当を源が持って行った。
「お! 弁当だ!」
「優作も大変だよな。足んなかったら電話してよ、酒は無理だけど何でも持ってくるから」
「俺なんか頭空っぽだからどうってことねぇよ。隆生さん、真面目過ぎるんだ。時々ここに引っ張ってくるから」
「分かった」
ヤクザはいいのだ、自分たちのことなのだから。だがそのヤクザにもどこかに素人との境界線がある。親父っさんの縁者である池沢たちはその境界線だ。死守するのは自分たちの務めなのだ。
たっぷりのお喋りとたっぷりの酒、料理。池沢は深呼吸出来たような気がした。酔いの回る帰りの車の中。
「優作さん、ありがとう。お蔭で羽を伸ばせたよ」
「お嬢、喜んでたよ。やっぱさ、家ん中で感じるもんあるんだよ。うまく言えねぇけど、隆生さんの声が最近暗かったからさ、お嬢もきつかったかもしんねぇよ」
優作の真正面からの心遣いを感じた。
「これからもたまにここに寄るよ。その時は頼む」
優作は「任せとけ!」とにっこり笑った。
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