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野瀬は途端にいきり立った。
「お前んとこ、ずっと先の話じゃないか!」
「いや、ここは引かない! 陽子、どう思う?」
「頑張って、お父さん!」
その言葉が浜田に火をつけた。
(お父さんだ、お父さん! 俺は子どものために頑張る!)
「おいおい、たかがおむつ2パックでヒートアップするなよ」
哲平はごく軽い気持ちでいる。それくら買ってもどうということは無いだろう。それは野瀬にだって言える。熱くなるようなことじゃない。
「俺んとこは子ども2人だぞ、そうは行くか!」
「教育費のために倹約するんだ、『たかが』というのはやめてよ、哲平」
みんな大人げないとは思っている。だがこの決着も見たい。どっちにしろ面白くてしょうがない。和田が煽る。
「幹事さん、どうすんの? ケンカになっちゃうよ」
「え、俺たちに預けるんですか?」
突然の降って湧いた話に幹事3人はうろたえた。
「俺たちには無理です! 部長、助けてください!」
「谷崎、こういうところで職名は無しだ」
これがまたハードルが高い。3人ともなるべくダイレクトに名前を呼ばないように気をつけている。去年旅行に参加した同期は少しは慣れているらしく、躊躇いがちではあるが『さん』付けで呼んでいるが、自分たちは場数が少ない。谷崎は勇気を振り絞って哲平に救いを求めた。こんなことを幹事に任せてほしくない。
「宇野、さん、お願いします、どうしたらいいか分からないです」
「俺が結論出すのか?」
「お願いします!」
「文句無いか?」
「無いです!」
縋るような気もちだ。
「よし! 俺が決めてやる!」
固唾を飲む幹事と野瀬、浜田。
「幹事に一任! みんなも文句無いか!?」
「無い! 幹事頑張れ!」
「応援してるぞ! 応援だけだ!」
「頑張ってー」
みんな口々に無責任なことを叫ぶ。
「ぶちょ……宇野さん、ひどいです!」
高田の泣きが入る。
「文句ないって言ったよな? 以上!」
ジェイははらはらしている。
「蓮、いいのかな。オブザーバーだから相談に乗った方がいい?」
「放っておけ。お前の仕事は旅行が始まった時点で終わってる。気にしないでお前も楽しんどけ」
にやにやと笑う蓮の言葉に『ひどいよっ』と言いかけたが、これも3人にはいい試練か、と思い返す。ジェイは3人に成長してほしいのだ。
(それが目標だったんだもんね。頑張って、3人とも!)
そして、これはジェイの成長にも繋がっている。時には黙って見守ることも必要なのだと。
3人の話し合いが始まる。
「どうしよう、じゃんけんにするとか?」
「くじにする?」
「いっそのこと、買って渡す?」
本当に大人げないと思う。こんなことで悩まされるとは思ってもいなかった3人。そして、面白がっているその他大勢。
取り敢えず提案してみる。
「じゃんけん、しますか?」
途端に野次が飛んだ。
「安直だぞ!」
「そうだ、もっと捻れ!」
「そう言われても……」
追い詰められたような気分だ。実際、追い詰められている。虐めにあっているような。投げ出すように横山が言ってみた。
「あの、後で買って渡すんで、取り敢えず、の、野瀬さんに」
「そんなのはだめだ」
花だ。ぴしゃっとした声に身をすくめた横山。
「それこそ安直だ。その場しのぎをするんじゃない」
こんなことで『その場しのぎ』と言われたくない心境だが、花のお達しじゃどうしようもない。
「どうする?」
また振り出しに戻る。
「なんとかしないと」
「って言っても」
「2人に冷静に話し合ってもらうとか」
「無理だろ、それ。そんな2人じゃないよ」
言い出したら聞かないのが、R&Dの古株だ。性格ぐらいは分かっている。3人とも頭を抱えた。早く結論を出さないと野次り殺されてしまいそうだ。
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