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なごみ亭名物「グランマ」!
「グランマ、お水ください」
「グランマ、トイレどこですか?」
トイレを知らないわけがない。だが『グランマ』に話しかけたくて聞く。グランマは人気者だ。なごみ亭名物は着々と増えつつある。
Annaもにこにことなんでも応じるから『外人苦手』な人でも垣根が低いのだろう。
「日本語。お上手ですね」
必ず言われる言葉。そのたびに、「おかげさまで」と返事をすると客は皆一様に感動してくれる。それがAnnaには面白い。機嫌の悪そうな客もAnnaが相手をすると態度が和らぐ。Annaも心得たもので、アクの強そうな客、面倒そうな客には極力自分から出て行く。
「Okimaridesuka?」などと片言で聞くとおどおどしたように笑顔を浮かべる日本人が、蓮から見れば恥ずかしい。
そんなAnnaが晩飯タイムに登場した。
「ごめんね、為ちゃんの実家からお母さんが来ちゃって」
「姉の調子が悪いので」
「すみません! 腹が痛くて」
眞喜ちゃん、純ちゃん、光ちゃんが急遽休み。匠ちゃんは昨日から田舎の叔父さんが来ているから休んでいる。つまり、フロアを回れるのはジェイと伴ちゃんだけだ。困った顔の蓮に
「私がくるから」とAnnaが請け負った。
「夜は酔っ払いもいるし」
「大丈夫よ、こんなお婆ちゃんになにもしないわよ」
ジェイも心配したが『役に立ちたい』と言われれば断るわけにも行かない。
だが不安が的中した。
「なんだ、この店は! 客の相手は外人のババァか!」
飲み過ぎた客特有の大声だ。伴が出遅れた。間に立ったのはジェイだった。
「謝ってください!」
「なんだと!?」
「いいから、ジェイ」
「良くなんかないよ! いくら飲み過ぎてたって言っていいことと悪いことがあるよ!」
この客は前にも他のお客さんに因縁をふっかけてケンカになりそうになったことがある。
R&Dからは残業の真っ最中だから誰も来ていない。花でもいれば状況も変わったのだろうが。
「客商売のクセに態度悪いんだよっ」
いきなりだった、ジェイの顔にビールが浴びせられる。蓮がキッチンを源に任せてフロアに飛び出してきた。
だがそれより早かったのがAnna。
「ワレ、ナニシテケツカルネン!」
さすがに相手も呆気にとられた。
「な、なに言って」
「ジャカシワイ、ボケ! イッパツ、シバイタロカ!」
それでなくても関西弁は怖いというイメージがある。それが上品そうなアメリカ老女が低い声で言うと、妙な凄みが出る。まるでマフィアの姐さんだ。
「責任者を呼べ!」
そういう割にはその男の声は最初よりか細い。なごみ亭名物の周りのお客さんの応援も始まった。
「出てけ!」
「お前なんかの来る店じゃない!」
「二度と来んな!」
「お客さん、悪ふざけが過ぎてますね」
蓮がジェイの腕を引いて後ろに回した。
(Annaは大丈夫だ)
そう思ったからだ。
「金、払わねぇからな!」
「そりゃないでしょう、伴ちゃん! 無銭飲食、営業妨害、警察にご案内!」
「あいよ!」
この蓮の『警察にご案内!』には、店中の拍手が鳴る。聞きたくてもそう簡単に聞けないご案内。『なごみ亭倶楽部』というホームページでレア度5段階評価のうち、3.5となっている。レア度5は、ジェイの『出て行ってください!』。もの柔らかなジェイが怒ることなど滅多にないからだ。ここにAnnaの関西弁が追加されることになる。
不貞腐れたように金を払った客は罵声を浴びせられながら出て行った。
「グランマ、すごいね! 関西弁喋れるの?」
「迫力あったよ!」
お客さんたちから声がかかる。
「良かったら一緒に飲もうよ」
ちょうどなごみ亭倶楽部のまこっちゃんも来ていた。
「Anna、まこっちゃんと休憩しててください」
蓮はそう言ってジェイを2階に連れて行った。ビールを浴びている。
「すごいな、Annaは」
「あのね、哲平さんと同じなの」
「哲平と?」
「ヤクザの映画見たんだって。面白いから勉強してるって言ってた」
(酔っ払いの相手、させた方がいいんだろうか、させない方がいいんだろうか)
ちょっと不安な蓮だった。
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