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まだ9時。日差しはそう照り付けてはおらず、風のフィルター越しで散歩にはもってこいだ。
「明日は雨だって言ってたよ」
「マジか……雑草抜こうと思ってたんだけどな」
「今日俺がやるよ。花さんは縁側に座ってて」
「少しはやるよ」
「いいの! その代わりお喋りに付き合ってよね」
ここしばらく、ジェイの『お兄さん』が出ていない。だからきっと心が安定しているのだと思う。
「蓮ちゃん、変わりないか?」
「うん、変わんない。変わった方がいい?」
「いや、あのままでいいよ。ジェイもその方がいいんだろ?」
「その方がいい! あのね、この前酔っぱらったお客さんにビールかけられたの」
「いつ!」
「んと、一昨日。でもね、お祖母ちゃんがやっつけちゃった」
「Annaが?」
「えっと、『ワレ、シバイタロカ』って」
花は吹き出した。
「それ、もしかして映画で覚えた?」
「そうだって。関西弁もっと勉強しようって言ってたよ」
「哲平さんみたいだ」
「だよね! 俺もそう思った」
他愛ないお喋りが続く。何度か立ち止ってあちこちと眺め、ジェイは遠くを指差したり、近くの店の屋号に興味を持ったり。それに受け答えする花はとても陽気で、仕事のことはすっかり頭から飛んだようだ。歩いている内に顔色も少しずつ良くなっていく。
「風花の『なになに病』が始まったんだよ」
「『なになに病』って、なに?」
「ほら、そうやって『なに?』って聞くヤツ。始まると大変なんだ、答えるまで聞きまくるから。そうだ、今日はお前が相手しろよな。その間は俺、昼寝するから」
花の方から『昼寝する』ということが珍しい。
(花さん……ホントに疲れちゃったんだね)
「いいよ! 風花ちゃん、かのちゃんに比べたら大人しいよね」
「そうだな。花音の時より手がかからないのは確かだ」
駅のそばのカフェに入った。土曜の朝のせいか空いている。外が見える場所に座って、ジェイがコーヒーを買いに行った。
「お待ちどおさま!」
花の前に置かれたブレンド。そしてジェイはアイスココアだ。
「お前! そろそろ甘いもんやめろよ」
「やだよ、これ美味しいんだもん」
「それ、マリエが好きなんだ。女子どもの飲むものだぞ」
「そういうの差別って言うんだよ」
「全く!」
「ね、真理恵さんにお土産で買って行こうよ」
「……きっと喜ぶよ」
結構歩いたから涼しい店内で座っているのが心地いい。
「ごめんな。俺のこと心配で来たんだろ?」
「うん……花さん、もっと周りに甘えてもいいって思うよ。厳しすぎるんだよ、自分に」
「お前に言われちゃおしまいだな」
「おれ……復帰してほしい?」
「え?」
「復職しようかって……ね、考えてみて」
「なごみ亭、どーすんだよ」
「夜は店手伝う」
「バカ、二足の草鞋履いてどうにかなるもんじゃないぞ、どっちの仕事も」
「だって! だって……花さんが壊れちゃうよ」
「壊れねーよ。たまたま、だ。暑さのタイミングと体のタイミングが合わなかっただけ。そこに夏風邪引いたろ? それでダウン。どうってことないよ。心配するな」
「するよ! 花さん、すぐ無茶やるんだ、誰もそれ止めないんでしょ? 止めないんじゃない、花さんが止まる気がないんだ。お願いだから無理しないでよ。また入院になっちゃうよ……」
「泣くなって! ……泣くなよ、そんなに。だめなんだよ、忘れちゃうんだ。仕事が楽しくってさ、夢中になってる。今の俺、乗ってるんだよ」
「バカ! 楽しい車に乗ったまんま転落死するからね!」
「やなこと言うな! なんだよ、転落死って」
「今のままじゃ俺、復職するから。花さんから離れなきゃ良かった……俺が悪いんだ」
「ジェイ……お前は何も悪くないよ」
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