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心強い身内
花の家に戻ると翔が来ていた。優香も一緒だ。この2人はどこに行くにも一緒に動く。新婚さんらしくてつい笑顔が出る。
「いらっしゃい、翔くん!」
「来てたのか」
「来てます! お帰りなさい」
「お帰りなさい!」
奥から優香の声がするところを見ると、台所で真理恵と何かやっているのだろう。
「どうだ、調子は」
「大丈夫、無理はしてないから。ジェイ、なにか飲みます?」
花の家でしばらく過ごしていたからすっかり家人のようだ。
「飲んできたの。だからまだいいよ」
「どこ行ってたんですか」
「散歩。で、今日はなんだ?」
「明日から出社するんでその挨拶です」
「翔くん、もういいの!?」
「はい、仕事には支障ないですから」
「悪い、ちょっと寝る」
ジェイはすぐに立って隣の部屋に花の布団を敷いた。散歩と言っても数日ぶりに歩いたから疲れたのだろう。花はすぐに眠ってしまった。
「真理恵さんに花さんの具合のこと聞きました。疲れてるんですね、顔色が悪かった」
「朝はもっと悪かったんだ」
「そうですか……」
翔も元気のない花は唐辛子の欠けたキンピラみたいでひどく寂しい。
ジェイは今日花に話したことを翔に話した。
「だめですよ! 蓮ちゃん、悲しみますよ!」
「でも蓮は強いから」
「花さんの言う通りです。先輩、やるとなったら気を抜かないじゃないですか。半端が出来ずにとことんやるでしょう? それで二つの仕事なんて花さんの心労増やすようなもんですよ」
「……そうなるのかな」
「なりますって」
「じゃ、どうしたらいいの?」
翔も真剣に考え込んだ。年は近いが今の花とは親子と言っていい関係になっている。自分という人間の存在の拠り所だ。
「先輩、先輩の後釜、俺じゃ役不足ですか?」
「翔くんが?」
「まだまだ先輩の域には達しないけど、俺頑張るから。俺ね、花さんのこと他人だなんて思ってないんだ。優香の次に大切な人なんです。その花さんを守りたい。そしてついて行きたいです。前の先輩の仕事っぷり、間近で見てきました。すごかったって思います。その真似は出来ないです、多分誰にも」
翔の心が有難い。自分を認めてもらっていたのも嬉しい。
「だから同じことはできません。俺は俺なりに。それしか言えないけど、でも花さんの役に立ちたい。見ててくれませんか? 絶対に無茶はさせませんから」
「大変だよ」
「知ってます」
「普通には言うこと聞かないよ」
「知ってます」
「きついよ」
「知ってます。その上で言います。俺、頑張ります。花さんにも恩返ししたいんだ。たっぷり休養させてもらいました。これからは花さんの仕事、横取りする気で仕事します」
知らない内にジェイの頬に涙が流れていた。自分がいなければ、そう思っていた。誰にも花のことは分からない、と。
「お願い。翔くん、お願いします。俺ね、自分しか花さんの役に立てないって思ってたの。でも今気づいた。そうじゃなくって、そういう人を育てなきゃいけなかったんだって。俺が手抜きしてたせいでこうなったんだ。そばで指導できないけど、でも翔くんなら花さんのことよく分かってるもんね」
「先輩に負けたくないです」
「うん。ありがとう。在職中にちゃんとしたバトンタッチ出来なかったけど、今するね。花さんのこと、よろしくお願いします」
「はい!」
廊下で切ったスイカを持ったまま、真理恵の目からも涙が落ちていた。
(花くん。関わった人たちからたくさんの頂きものをするね。それって花くんが頑張ってきたからなんだよね)
家では自分が。会社では翔が。その外側にジェイが。
(1人じゃないんだからね。それをどうか分かってね)
スイカを持って入るとジェイが大喜びした。
「優香ちゃんからの差し入れ」
「俺からもですよ!」
「そうそう。翔くんからも。花くんと子どもたちの分はあるから食べちゃってね」
スイカは2つ買ってきてあった。 花にはいい水分補給となるだろう。たっぷり甘いスイカは、妻の特権実力行使で花の腹に入ることになる。
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