蓮のお冠

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蓮のお冠

  「それでお前は復職するって言ったのか」 「だって! だって花さんのことなんとかしたいって思って」 「じゃ、俺は? 俺はなんとかしないでいいのか、お前は」 「なんとかって……蓮、強いし」 「なんだと?」  帰ってきてその夜、花の様子を報告したジェイ。自分の言ったことも正直に話してしまった。それに対する蓮の怒り方が半端ない。 「分かった、お前は明日からR&Dに行け、もういい!」 「蓮、俺復職しないんだよ。翔くんが俺の分頑張ってくれるって」 「翔が言わなかったらどうする気だった! お前はここを出て行くってことだよな!」 「出てかないよ! 蓮と一緒に住むよ」 「そういうことじゃないっ!」  それだけ言うと立ち上がって財布を持った。 「どこ行くの?」 「知らん!」  そのまま蓮は外に出てしまった。ジェイは途方に暮れて床にぺたんと座った。  パチンコ屋に行こうとして蓮は思い留まった。誰かにグチを零したい。 「俺だ。お前、ヒマか?」 『特に用は無いけど。なんか機嫌悪い?』  浜田は蓮の言葉に怒りを嗅ぎ取った。ちょっと構える。この時間帯。きっと夫婦げんかに違いない。 「悪くない! ヒマなら付き合え」 『飲み? ボーリング?』  飲みに、と言いかけて蓮は考え直した。むしゃくしゃする。なにかで発散したい。 「ボーリングに行こう。この前の雪辱戦だ」 『機嫌悪くたって手加減しないからね』 「なにが手加減だ、俺が勝つ!」  蓮は浜田と待ちあわせた。 『泣くなって。それで? 出てっちゃったのか』 「うん……俺、なにがいけなかったの? 花さんの心配し過ぎたから?」  電話の相手は哲平だ。本当は花にかけたい。だが今の花には言えない。 『心配のし過ぎの部分じゃないよ。お前が復職だなんて言ったからだろ?』 「でもしないのに」 『そういうことじゃない。蓮ちゃんに相談もしないで復職するって、俺だって蓮ちゃんの立場だったら怒るよ』 「どうして?」 『……蓮ちゃんが花を心配して突然R&Dに戻るって言ったらお前はどう思う?』 「そんなこと言うわけ無いよ、蓮は! お店の責任があるもん……あ」 『分かったか? お前、店長だよな?』 「……うん」 『自分勝手な考えだった。だから蓮ちゃんは怒ったんだ。突然仕事を放り出して職業替えだなんて浅はかだと思わないか? それも花のためだけだろ。俺にしたってそんな人間を受け入れるわけには行かない』 「哲平さん……」  涙が伝う。ジェイは激しい後悔に苛まれた。 『夫婦で店やってんのにショックだったと思うぞ。蓮ちゃんが出て行った先、思い浮かばないのか?』 「分かんない」 『即答するなよ! これが蓮ちゃんならどんなことしたってお前の居場所探し出す。ちゃんと見つけてちゃんと謝れ。いいな?』  切れてしまった携帯をじっと見る。 (蓮の行きそうなところ……) しばらく考えて外に出た。 (この近くのパチンコ屋さん) ジェイはパチンコ屋巡りを始めた。  ボーリングは見事に浜田の勝ちとなった。 「くそっ! また俺が奢るのか」 「やったね! ご馳走さま!」 「……まあいい。どこで飲む?」 「ね、なごみ亭は?」 「店、休みなんだぞ」 「だって金かかんないし」  浜田は蓮が酔い潰れそうな予感がしている。だとしたらなごみ亭で潰れて欲しい。 「しょうがない。たいしたつまみは無いからな。後店には光ちゃんがいる」 「いいよ。じゃ、3人で飲み会だね」  蓮を面倒見る人間もいる。ほっとした浜田は陽子に電話した。 「俺。なごみ亭で一杯飲んで帰る」  そこで小声になる。 「どうやら夫婦喧嘩したみたいでさ、そのとばっちり。タクシーで帰るから」 『分かった。気をつけてね。蓮ちゃんをよろしく』 「先に寝てていいからね」  浜田はため息をつきながら先の方をずんずん歩く蓮を追いかけた。  
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