宝探し

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  「腕相撲はどうだろう?」  谷崎の言葉が2人に響いた。 「見て分かる勝敗だよな」  横山の目が輝く。 「どっちに転んでもみんな納得するだろうし」  高田も飛びついた。 「何より本人たちが納得するよな、じゃんけんみたいな運じゃないからね」  これで決まった。 「野瀬さん、浜田さん」  2人が横山に顔を向ける。 「腕相撲で勝敗を決めさせていただきます」  途端にみんながどよめき、声援が湧いた。 「いいぞ、幹事!」 「浜田、勝てよ!」 「野瀬、底力を見せろ!」  これは引っ込みがつかない。幹事が何もしなくてもすぐに場所がセッティングされる。この時点で事は幹事の手を離れた。子どもたちも興奮している。まことに健康的な決着方法だ。  一際大きな陽子の声援が上がった。 「ひろちゃん! あの時を思い出して! コピー用紙の箱が散乱したでしょ? 私を抱えあげてくれたじゃない! あなたはR&D一の怪力よっ」  2人の馴れ初めとも言える、コピー室での出来事だ。陽子が自分を信じて疑わないことが浜田を奮起させている。みんなはみんなで、そんなエピソードにどよめいたりする。  レフェリーは哲平だ。2人の握り合った拳の上に哲平の手が載る。  この時、初めてみんなは浜田の腕を見た。普段はスーツに隠れているし、筋肉という意味で浜田を見たことも無い。それはもちろん野瀬も同じなのだが、その見てくれには大きな違いがあった。  以前に浜田が蓮に言っていた通り、浜田は常に時間持て余していた。1人ボーリングに明け暮れていた時期も長い。それが見た目に出ている。 「凄い腕だな」 「こりゃ、浜田の勝ちか?」 「どうだろ、野瀬さんもああ見えて力はあるぞ」  どっちが勝つか賭けよう、という声が聞こえた時に、哲平が顔をあげた。 「却下! 子どもたちに恥じない大人でいよう!」  どこまでも健康的だ。Annaは感激している。  みんなが見守る中、再度哲平の手が2人の手に載った。哲平が叫ぶ。 「レディー、Go!」  序盤。すぐに浜田の腕が傾いた。 「ひろちゃん!」  陽子の悲鳴が起きる。ワンテンポ遅れたのだ。その勢いで野瀬が上半身の力を右腕に集中させた。だがある角度から浜田の腕が動かなくなった。その体勢のまま時が経過する。声援の声が静かになっていく。みんな固唾を呑んでいた。  野瀬の顔が真っ赤になる。浜田が歯を食いしばる。徐々に浜田が巻き返し始めた。最初の定位置まで戻っていく。野瀬の顔がさらに真っ赤になった。額の血管が浮き出るほどだ。  だが、浜田の腕の動きは止まらなかった。そのまま野瀬の腕が下がり始める。  ここで浜田は本能的に一瞬力を抜いた。野瀬の腕がまるで宙を浮くかのように力の行き場を失くす。その瞬間浜田の腕がぐっ! と力を入れ直した。テーブルに、バンっ! と野瀬の手の甲が叩きつけられた。一瞬で勝敗を決した。 「凄かったー」 「迫力あったわね!」 「浜田さん、尊敬します!」 「いいぞ、浜ちゃん!」 「野瀬、惜しい!」 「いや、惜しくないよ」  野瀬だ。手の甲を擦っている。まだ息が荒い。 「てっぺん越えた時に俺は負けてたよ。もうあそこから盛り返すことなんか出来なかった」  まだ痛い手を浜田に差し出す。 「負けた! 認めるよ、お前は強い! おむつはお前の物だ!」  哲平は賞品のおむつ交換券の封筒を高く掲げた。厳かにそれが浜田の手に渡る。その体に陽子が飛びついた。 「ひろちゃん、素敵!」 「やったぞ、陽子!」  さて、ここからが厄介なことになった。 「蓮ちゃんと浜ちゃん、どっちが勝つんだ?」 「それを言うなら、哲平はどうだ?」 「いや、花がいるだろう!」  四天王、と後に呼ばれる4人にイヤな汗が出た。  
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