蓮のお冠

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   店で寝転がって雑誌を読んでいた光ちゃんはいきなりスタッフルームのドアが開いたからてっきり伴が来たのかと思った。時々伴が『一緒に飲もう』とやって来るからだ。 「すまん、光ちゃん。浜田と飲みに来た」 「蓮ちゃん! 驚いたよ」 「悪いな、いきなりで。電話すれば良かったのにうっかりした。一緒に飲まないか?」 「いいよ、大歓迎だ! 日本酒?」 「まずはビールだな」  心得たように光ちゃんは生ビールを3つ持ってきた。その間に浜田がテーブルを2つくっつける。蓮はキッチンに入って冷蔵庫を開け、つまみになりそうなものをささっと作った。 「じゃ、取り敢えず乾杯!」  浜田の音頭でジョッキを合わせる。 「ジェイはどうしたの?」  光ちゃんはなにも知らない。 「家だ」 「じゃ、電話しようか」 「いい、放っておけ」  冷たい声になにを言っていいか分からない。テーブルの下で浜田が軽く光ちゃんを蹴ってきた。顔を向けると蓮がジョッキを煽っている間に人差し指二本頭の両脇に立てている。 (ケンカ? ジェイと?)  普段仲のいいところしか見ていないから光ちゃんにはピンと来ない。そんなこともあるのか、とちょっと驚いた。 (夫婦喧嘩、か) あの穏やかなジェイとどうすればケンカできるのか。  ある程度飲んで、事の顛末が分かった。酔いが進んで蓮がグチを零し始めたのだ。ちゃんと喋れないほどに酔っている。 「四六時中、俺といるから、飽きたんだ」 「そんなわけないよ。花のことを思ってついそんなことを言っただけだよ」 「俺は、強いからいいんだってさ。あいつは、俺の一面しか見てない」 (いや、どう見たって強いでしょ)  けれど浜田はそれを言わない。 「花と比べたら、ってことじゃないの?」 「俺も、店も、簡単に捨てられるんだ、あいつは」 「そんなことないって。な、光ちゃん」  出来れば振らないでほしい、と思う。この手の会話で一番やっちゃいけないのが否定と相槌だ、と光ちゃんは思っている。否定すれば『分かってくれないのか!』となるし、相槌を打つと仲直りした時に余計な火の粉を浴びる。 「俺は会社にいた頃の蓮ちゃんを知らないからなぁ、ここではジェイより蓮ちゃんの方が大人に見えるよ」  それからしばらくは会社にいた頃の蓮の話で浜田が盛り上げてくれた。 (聞けば聞くほど……強いとしか言いようがないじゃないか。親父っさんにケンカ売ったのは有名だし)  三途川本家では、花がイチを殴ったことと並行して伝説となっている。それだけじゃない、柴山隊長にケンカを吹っ掛けたのだ。 (そう言えばジェイは柴山隊長を殴ったんだよな……命知らずの夫婦だ)  そう考えると、2人とも怖い。蓮は本気だろうし、ジェイは天然で怖いもの知らずだ。つまり、『()』ということ。 「光ちゃんは、どう思う?」  考えているところに蓮の質問が降ってきた。 「え?」 「ジェイは、俺を、本気で愛してると、思うか?」 「え、え?」  見れば蓮は本格的に酔っぱらっていた。浜ちゃんは吹き出すのを堪えるように下を向いている。鋭い顔をした酔っ払いになんと返事したらいいのか。 (どうせ覚えちゃいないだろ。適当に返事しとくか) 「ジェイが他の人間を好きになるなんて想像もできないけどね。蓮ちゃんにめろめろに見えるよ」 「そうか? ほんとに、めろめろ、か? どの程度、めろめろ、か?」  その『めろめろ』の呂律が回っていない。 「どの程度って……他の連中はぼんくらにしか見えてないよ、きっと」 「そう思うか?」 「思う思う。ね、浜ちゃんもそう思うでしょ?」  今度は浜田が『俺に回すな!』という顔をする。2人の間に見えない攻防戦が繰り広げられている。 「そろそろさ、ジェイを許してやりなよ。今頃泣いてるよ」 「そんなわけ、あるか、きっと、さっさと寝てる……もう2時だ、寝てるに、決まってる!」 「それこそ考えられないよ。蓮ちゃんが電話しにくいなら俺がかけるから」 「電話、しにくい、だと? 俺が、ジェイを怖がってる、とでも言うのか!」 (だめだ、完全に理不尽になっている) 早く陽子の待つベッドに帰りたい。  
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