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その頃、深夜だというのにジェイは蓮の姿を追い求め街の中を彷徨っていた。
全て自分が悪い。考えが及ばなかっということが言い訳にもならないと、重く重くジェイの心に後悔がのしかかっている。
(蓮、ごめんなさい、ごめんなさい、蓮、どこ? どこにいるの?)
心に浮かぶのはその言葉だけ。
パチンコ屋では蓮が見つからなかった。お手上げだったのだ、人が多くて。閉店の時は人の波。それをいくつも何度も走って回った。哲平に言われた通り、蓮なら自分がどこに消えてもきっと探し出してくれる。迷子になっても見つけてくれる。なのに…… 自分が情けなくなる。愛しいパートナーがいざとなったらどこに行くのかさえ分からない。これでパートナーだと言えるのだろうか……
この時、ジェイに発作が起きなかったのは奇跡だ。
人から自分がどう見えるのか。ジェイにはそれが分からない。こんな真夜中に1人で外に出たことが無い。今のジェイは髪も解いていて儚げで中性的だ。時期もあってTシャツに薄手のパーカーを羽織っているだけ。とぼとぼと歩くその姿に虫が集らないわけがない。
「ねえ、1人?」
「どこ行くの?」
「いいとこ行こうよ」
そんな声がいくつか掛かり始めている。電話もした、メールも送った。だが激怒した蓮は携帯を切ってしまっている。
酔っぱらった男に腕を掴まれて振りほどいて走って逃げた。
(怖い……怖い、蓮、こわい……)
どうしていいか分からない。家への道を辿ったのは帰巣本能だ。ジェイはやっとの思いでビルの中に入った。階段で膝を抱えて静かに泣いた。
「酔ってるから。俺がかけるよ」
「いや! おれがかける! ジェイがこわいもんか!」
携帯を取り出す。
「あ、でんげん、きってた」
その蓮の言葉で浜田はいやな予感に包まれた。だいたいジェイが蓮に何も言ってこないわけが無いのだ。
「ね、ジェイから連絡来てるんじゃないの?」
「おれが、いらないんだ、かけてくるわけ、ない!」
だが電源を入れるとメールがいくつも来ていた。
『蓮、ごめんなさい』
『どこにいるの?』
『4丁目のパチンコ屋さん、いないよね?』
『駅の裏のパチンコ屋さん、いないよね?』
あちこちのパチンコ屋がそこに挙げられていた。
「じぇい……」
蓮の酔いはある程度醒めたらしい。慌てて電話をかけた。コール3回。
『れん?』
「おれだ! どこだ、今! そとか? むかえに、いく!」
『れん、ごめんなさい、ごめんなさい、おれ、悪いこと言った、ごめんなさい』
「いいんだ、おれもいいすぎた。こんなじかんまで、おまえをひとりにした、わるかった、どこだ?」
半分は呂律が回っていないが、真剣に言っているのがジェイにも伝わる。そして浜田、光ちゃんにも。まるで厳粛な愛の言葉を聞いている気分だ。
『あのね、あのね、階段にいるの。れんはどこ? おれ、行くから』
「かいだん、って?」
『家の……エレベーターのそばの』
蓮は携帯を耳に付けたまま立ち上がった。
「うごくな、おれがいく、そのままうごくな、いいな?」
『うん、うん、早くきて、れん、さびしい、こわい』
その時にはもう歩き出している。走れない。よろけた。浜田と光ちゃんがすぐに支える。その手を振り払ってよろけつつ蓮は歩いた。2人は心配で後ろをついて行く。耳に当てて離さない携帯が酔っ払い男を表しているようで本当は可笑しいのだが。
階段で泣き濡れているジェイを見つけた。
「じぇいっ」
そう叫ぶのも携帯越しだ。飛びついて来たジェイ。左手でその背中を抱きしめる蓮。その右手に握られた携帯…… ジェイの携帯から蓮の声がエコーとなって響く。
「わるかった、ごめん、わるかった」
「れん、れん、さがしたんだよ、ずっとさがしてたんだよ」
「わるかった、ほんとうに、じぇい、あいしてるから」
2人は今、尊敬すべき1人の男の背中を見ている。繰り広げられるディープキス。耳にある携帯がシュールで。それに魅せられたように目が離れない。そして聞いてはならないことを聞いてしまった。
「じぇい、べっど、いこう! あいしあおう!」
(明日、記憶が消えてたらいいね、兄貴)
光ちゃんの手を引っ張って店に戻り、2人で片づける。
「お疲れさま。明日の朝、兄貴はだめだと思うよ。頼むね」
「……なんか、毒気抜かれた……」
「分かる」
以心伝心、やるせない思いを抱く2人だった。
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