Annaと一緒に

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Annaと一緒に

   夏休みにはAnnaと一緒に海に行った。一度だけ行った潮干狩りにお祖母ちゃんを連れて行きたい。そんな思いがある。 「海に行ったのは若い頃ね。泳ぐのはポトマック川の支流が多かったわ」  そうAnnaは言った。 「潮干狩りってしたことないの?」 「それ、どういうことをするのかしら」  これでジェイは自称『潮干狩りの先輩』となった。 「あのね、貝を獲るんだよ。持って帰ってからバター醤油で食べるの! すっごく美味しいよ!」 「貝を? それは楽しみね!」 「俺が教えてあげるよ。すごく上手なんだよ」  以前出かけた時、蓮は泣かれそうになったから途中で自分が拾うのを控えた。“ベテラン”の蓮よりたくさん獲れたとジェイは喜んで帰ってきたのだ。  潮干狩りの案に蓮はすぐに賛成した。 「どこかにAnnaを連れて行きたいって思ってたが、それは良さそうだ」 「そうでしょ? 喜んでたよ!」 「いいと思う。じゃ、明日の朝出発だな。日焼け対策のこと、伝えたか?」 「うん! ちゃんと用意しておかないと大変なことになっちゃうから」  自分のことを思い出した。蓮に「ちゃんと上着を着ておけ」と言われたが、暑かった。それに海の風が心地いい。そしてかなりの痛い目に遭ったのだ。  どこの潮干狩りも春から初夏が多い。それはあさりの旬がその頃だからだ。だが、ごくわずか8月も開いている潮干狩り場がある。蓮は近場の場所を探した。貝が生きている内に持ち帰りたい。  蓮が選んだ会場は干潮の関係で9時から12時半が開いていた。迎えに行ったAnnaは半袖のTシャツと七分のパンツに薄いカーディガンを羽織っている。 「Anna、その格好だと日焼けで大変な思いをするよ」  蓮が心配する。 「大丈夫。向こうに着いたら上着を取り換えるから」  話を聞いてみると、潮干狩りの準備をネットで調べたらしい。ジェイはいろいろ教えるつもりだったのがほとんどの情報を既に手に入れたAnnaにがっかりしてしまった。教えるとしたら実際の獲り方くらいだ。 (2人を後ろに乗せて良かった!) つくづく蓮はそう思う。「あれは、なに?」のオンパレード。当然、Annaが聞く方が多くて、ジェイが聞く暇がない。それにAnnaに聞くわけには行かないから、ジェイが聞くとすれば蓮だ。それにはほんの時々答えるだけで済んだ。それほどAnnaの質問が多い。 「ね、あれはなにかしら?」 「あれ? どれ?」 「ほら、あの屋根が黄色い建物。ね、ジェイ、ちゃんと見てる?」 「見てるよ! でもどれのこと?」 「あああ、もう見えないじゃない! ジェイ、ちゃんと見ててくれないと」  ジェイの困り切った声を聞きながら、内心連は笑っている。 (お前にはいい勉強だ) これに懲りて、今後は是非質問を減らしてほしいものだ。  会場で前売り券を買う。熊手と貝を入れるネットを借りた。バーベキューも出来るが、それはやめた。時期的に食中毒が怖い。  潮の引いた浜は広い。3人でアサリの多い波打ち際に出た。潮干狩りではジェイが甲斐甲斐しくAnnaの世話を焼く。 「表面を熊手で掘るんだよ。深いところのあさりは死んでるのが多いから」 「表面にぽつぽつ穴が集中してたらそこにたくさんいるよ」  Annaには時々休めるように折り畳み椅子を用意しておいた。これが重宝した。ずっとかがんでいる姿勢は、夢中になっていると後で厳しいことになる。 「ほら、Anna、休んで」 「Oh,Renji ! 助かるわ」 「ジェイが心配したんだよ。なにかいい方法はないかってね」  それは本当だ。椅子を用意したのは蓮だが、悩んでいたのはジェイだ。頬にキスをもらってジェイは嬉しくて堪らない。 「椅子を用意してくれたのは蓮なんだよ」  本当にいい夫婦だと思う。互いを思いやっているのが微笑ましい。  思ったより大量だった。車に用意していた大きめのクーラーボックスに入れると、ちょうどいっぱいいっぱいだ。ところどころに歩いている小さなカニが可愛らしい。 「せっかくだからここで食事をしていこう」  3人とも、安くてたっぷりおかずのある『浜っ子定食』を頼んだ。刺身。煮魚。新鮮な海の幸を揚げたかき揚げ。たっぷりのあさりの味噌汁。 「美味しいわ!」 「ホントだ!」  3人での初めての夏休み。さすがにAnnaには疲労の色が見えている。 「今夜はあさりの砂を吐かせておくよ。あさりバターは明日食べることにしよう」 「そうね。私も帰ったら少し眠るわ」 「お祖母ちゃん、疲れた?」  ジェイの心配に笑って答える。 「いつもと違うことをするとね。でも年だもの、そういうものなのよ。大丈夫、たっぷり寝ればどうってことないんだから」  Annaの日本語はますます流ちょうになりつつある。  AnnaにはTheoのことを告げていない。身内のいやな話を聞かせたくないからだ。ただ、楽しく過ごしたとしか言っていない。誰だってあんな話を聞かせられたら普通じゃいられないだろう。  Annaを玄関まで送った。 「明日午前中に来るね。一緒にあさりバターを食べようよ」 「楽しみにしておくわ。Renji 、ジェイ、今日はいい一日だった。残りの夏休みは2人でゆっくり楽しみなさい。私は今取り掛かっているレース編みを仕上げてしまいたいの」  Annaの心遣いも有難い。 「ありがとう、Anna。そうさせてもらうよ」  遠慮をするほど他人ではない。蓮は喜んでその提案を受け入れた。  
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