匠海のけじめ

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   沙耶をすぐに見つけた。 「沙耶!」 「お兄ちゃん!」  駆け寄ってくるその顔が歪んでいる。安心したのか涙が流れ始めた。 「まだ連中、いるのか?」 「分かんない、卵買ってくるって飛び出してきたけど」 「偉い! お前さ、このままなごみ亭に行け」 「え?」 「後は俺に任せろ、俺が戻るまでなごみ亭で待ってろ」 「4人もいるんだよ、どうするの?」 「追い出す。言ったろ? たまり場になんかさせない。あそこは俺とお前の家だ。均とも片を付ける。いいな?」 「うん……ホントに均くん、変わっちゃったんだね……」 「お前ならいい男、見つかるって。俺が保証する。さ、行ってろ」 「うん」  匠海の自転車に乗って行く沙耶の背中を見送った。途中で振り返った沙耶に手を上げて、匠海は家に向かった。  玄関を開けると「遅かったね!」と均の声。廊下に出てきた均は匠海を見て泡を喰った。 「た、たく」 「出てけ。もう二度と来んな」  言いながらずんずん居間に歩いた。 「なんだよ、お前! 均、こいつが匠海か?」  均はすっかり怖気づいている。背の高い1人が調子に乗った声で喋る。 「沙耶ちゃん、俺たちに朝ごはん作ってくれるはずなんだけど。お兄さんはお仕事でしょ? 適当にやって出てくからさ、もうしばらくいさせてよ」  匠海はじろっと見上げた。  匠海は小柄だ。だからバカにされやすい。数で優位だから3人は甘く見ている。均に目を戻した。 「今すぐ仲間連れて出てけ」 「なに勝手なこと言ってんだよ!」  1人が逆切れして殴りかかってきた。その浮いた足を払うとどっと倒れた。 『あのね、相手の力の流れを利用するの。勝手に負けてくれるから。力の向いてる方向だけ考えればいいんだよ』  ジェイの言葉が蘇る。匠海は覚えがいい。敏捷で動体視力がいい。ジェイが師匠の座にいる時間は短いだろう。  かかってきたもう1人は、まともに殴り倒した。呆気なく逃げて行った3人。取り残されて均は呆然としていた。 「均、付き合いはこれっきりだ。ああいうのと離れたら来いよ、そん時は一緒にサイクリングでもしようぜ」 「……お前はいい子ちゃんだよな。タバコは嫌いだし、遊ばねぇし。親の面倒見てるし。でもたかが飲食店の店員だろ! 偉そうにすんなよ!」 「俺はお前がタバコ止めないことをどうとか言ってるんじゃないよ。そんなことじゃないんだ。お前、ダンサーになりたかったんだろ? 夢とタバコと引き換えにしたのはお前だろ! その八つ当たりに俺んちを引きずり込むな! たかがっていうけどな、俺は料理人になる。そのつもりで真剣に働いてるんだ。お前ももっと自分の人生真剣に考えろよ」 「偉そうに……分かったよ。もう二度と来ねぇよ!」  均は匠海が頑固なのを知っている。本気で怒ったら怖いということも。この2人が会うことはもう二度とない。  店に着いた頃には休憩になっていた。 「すみません、戻りました!」  蓮ちゃんがすぐに声をかけた。 「お帰り! どうだ、片はついたのか?」 「はい、ありがとうございました!」  ノートパソコンで何やらジェイと話していた沙耶が立ち上がる。 「お兄ちゃん!」 「もう大丈夫だ。どうする? 俺の仕事終わるまで待てるか?」  沙耶はまだ家に戻るのが怖い。 「匠ちゃん、今日はもう上がっていいよ。沙耶ちゃんを1人にするのは良くない。しばらくは朝は大学まで送ってからでいい。沙耶ちゃん、当分ここに帰っておいで。匠ちゃんが仕事終わるまでいればいい」 「いいんですか?」  ここでは遠慮はいらないのだ。家族みたいなものだから。 「もちろんさ。今な、ジェイと合気道の道場を探してたんだ」 「合気道の?」  ジェイがにこっと笑う。 「女の子1人って危なっかしいし。そういうの大事だと思うんだ。だから勧めてるんだけど、どう?」  顔を見ると、どうやら沙耶もその気になっているようだ。今日の出来事ですっかり怖くなってしまった。 「自分で決めていいよ」 「じゃ、行く。強くなりたい」 「匠ちゃんも通うといいよ。兄弟2人なんだから力合わせないとね」  ジェイの言う通りだと思う。家を守りたい。妹をちゃんと嫁に出したい。今は順調だがこの先なにがあるか分からないのだ。 (俺だけで守る、そんな風に考えるのもやめよう。必要なら潔く助けを借りよう)  匠ちゃんの中で1人の大人としての在り方が固まっていった。  
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