三途川抗争① 小火(ぼや)

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三途川抗争① 小火(ぼや)

   その2人の男はしたたかに酔っぱらって店に入ってきた。片方は体格がいい背の低い男。Tシャツに薄い半袖のシャツを羽織っている。もう片方は少し背が高いやせ型。この暑いのに黒の革ジャンだ。襟元からチェーンが見える。二人とも高そうな腕時計をしていた。40前後に見える男たちだ。  8時前。仕事上がりの最後にと、眞喜ちゃんがオーダーを取る。 「生、2つ!」  勢いよく小さい方が叫ぶ。 「はい、生2つね」 「聞こえなかったか?」 「そうだ、まだ声が小さかったみたいだ、生2つ!」 「もう少し静かにお願いします」  にこにこと眞喜ちゃんが言う。その手首を背の高い方に掴まれた。 「ああ? 聞こえねぇみたいだからもういっぺん言ったんだ、生、2つ!」  キッチンから蓮が出てきた。眞喜ちゃんを捉まえている腕を掴んだ。眞喜ちゃんを後ろに下がらせた。 「お客さん、悪いが出てってくれませんか」 「なんだと? 俺たちゃ客だぞ、金払ってビール飲むんだ、何が悪い!」 「そっちぁ商売だろ」 「飲みすぎですよ。今度まともな時に来て下さい。お待ちしてます」  今日は比較的穏やかなお客さんが多い。店の中は静まり返っていた。 「おまちしてます、聞いたかよ、待ってくれてるとさ!」 「今来てるんだ、今飲ませろよ」 「今日はもう充分飲んだでしょう、悪いが出てってください」 「なんでお前が充分飲んだって決めてんだよ、店だろ、酒出せ」  光ちゃんの中で警報が鳴る。普通の酔っ払いじゃない、これは危険なヤツらだと。さっと周りを見回すと、伴が眞喜ちゃんをスタッフルームに引き入れている。源が手を動かしながらも厳しい目を酔っ払いに向けている。匠ちゃんがジェイを奥に連れて行こうとした。 「おい、そこの!」  匠ちゃんは聞こえない振りをした。 「聞こえないのか、そこの外人みたいなあんちゃん。美人さんだなぁ、こっち来いよ」 「そうそう、この物分かりの悪いお兄さんに言ってくんないか、客商売は客を大事にしろってな」  数人の客が立つ。光ちゃんがレジに動いた。手早く会計を済ませて客を店から出す。続いて食事中の客が立ち始めた。 「お前ら! 飯食わせてくれた店に失礼だろ! ちゃんと最後まで味わってやれよ!」 「そのくらいにしてくれ。警察呼ぶ前に出てってくれないか」  それでも蓮の声はまだ静かだ。光ちゃんは残ったお客さんに「会計はいいですから」と囁いて回った。みんな荷物を持ってそそくさと立っていく。  その最中に数人が入ってきた。中山、柏木、池沢、そして花。 「なに、お取込み中?」  伴が素早く花に寄っていく。 「やめとけ、あいつら素人じゃない」 「え、ヤの字?」 「多分。タチ悪そうだ。帰った方がいいかもしれない」 「冗談」  池沢が構わず源に「打ち合わせ定食4つ」とデカい声で言う。地声がデカいから叫んでいるわけじゃない。 「なあ、そこのおにいちゃん。ここ座んなよ。一緒に飲もうぜ、奢ってやるからさ」  蓮も出て行くよう促すことは出来るが、ただ騒ぐだけの酔っ払いじゃ警察を呼ぶわけにも行かないし手荒なことも出来ない。  匠ちゃんが蓮を見る。ジェイが来ようとする。わずかに首を横に振った蓮を見て、匠ちゃんがジェイを引き留めた。  背の高い男が笑った。 「ここ、ゲイバーだろ。俺たちもゲイだ。一目でわかったよ、あんた、"おねえちゃん"だろ? 接待しろよ」  花がガタンと音を立てて立ち上がる。その手を池沢が掴み、中山が立ち上がり、匠ちゃんがジェイの前に立った。  その匠ちゃんをジェイが静かに横に引いた。 「俺、ゲイじゃないです。帰ってください」  
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