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「可愛い顔して言うじゃねぇか」
2人は激昂するわけでもない。乱暴も働いていない。今の状態はただクセの悪い酔っ払いだ。
「いい加減注文したもん出せよ。飲んだら大人しく帰ってやるから」
そう言われれば出すしかない。蓮は自分でビールを持ってきた。
「飲んだら帰ってくれ」
2人は飲み終わって立った。背の高い方が財布を出す。2000円テーブルに置いた。
「ごちそうさん。釣りはいい」
「おねえちゃん、また来るよ」
睨め回すようにジェイを見て出て行った。
誰も気づかない内に光ちゃんがスタッフルームから出た。廊下で携帯を取り出す。
「今出て行った2人。追ってくれ」
それだけ言うと店内に戻る。
三途川抗争は終わっていない。燻っている。いつ東井派が動き出すか分からない、そう踏んで柴山は手を抜いていない。
親父っさんたちはそれを恐れてこの店には近づかないのだ。
「大丈夫か?」
蓮がジェイを振り返る。蒼い顔はしているが、ジェイはしっかり頷いた。
「大丈夫。俺、気にしてないから」
「ジェイ、こっち座れよ」
花が呼んだ。蓮がくしゃっと髪を乱した。
「行け。他に客もいないし」
「うん」
ジェイは言われるままに花の隣に座った。
伴は後を追おうとした。黒いシャツを羽織る。その伴に光ちゃんが話しかけた。
「今の、なんだろうね」
「ちょっと後をつけてみる」
「ええ、危ないよ! やめといた方がいいよ、ヤクザみたいんだったらどうするの?」
伴は光ちゃんが柴山隊だとは知らない。光ちゃんは今伴に動いてほしくない。だからちょっとした時間稼ぎだ。
「大丈夫だって。すぐ帰るから」
「この後店、閉めるのかな」
「蓮ちゃんに聞けよ。悪い、後で」
「ヤクザだと思ってるの?」
「かもな。じゃ」
(充分だろう)
そう思って光ちゃんは引き下がった。伴が出て行く。
「匠ちゃん、ありがとう」
蓮に礼を言われて匠ちゃんが照れたような顔をした。
「何もしてないし」
「ジェイを庇ってくれたろう? 助かったよ」
「また来ると思いますか?」
「どうだろうな。しばらくはジェイを外に出さないようにする」
「はい」
ジェイの方に目をやる。池沢と目が合った。小さく頷かれた。
携帯が震え、光ちゃんがまた廊下に出る。瀬川だ。
『外で待っている車に乗って行った。後ろに張り付いている』
「ジェイにちょっと絡んで、ビール飲んで出てったんです。また来るって言ってました」
『しっかり見てろよ』
「はい。ちょうど隆生さんが来てました」
『分かった』
電話が切れた。
池沢が親父っさんに言うだろうとは思う。だが瀬川はそれを待つ気はない。それではなんのために自分たちがいるのか意味がなくなる。すぐに柴山に連絡を入れ、柴山は親父っさんに連絡を入れた。
『おっ始まったか』
「多分」
『どこのもんか分かったのか』
「撒かれました」
『しっかり頼むぞ』
「承知しました」
翌日からあの2人は毎晩同じ時間に来た。ただ生ビールを飲んで出て行く。たっぷりとジェイを見る目つきは変わらない。
蓮はその時間帯はジェイに上に行くように言い、ジェイはそれに従った。眞喜ちゃんもその時間には帰す。Annaは夕飯までだから実害がない。表向きには無害な客だ。
しかし、それがいつまでも続くわけではないだろうと蓮は思っている。これは、神経戦だ。じわじわと圧迫されるような、そんな時間が続く。
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