三途川抗争① 小火(ぼや)

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  「可愛い顔して言うじゃねぇか」  2人は激昂するわけでもない。乱暴も働いていない。今の状態はただクセの悪い酔っ払いだ。 「いい加減注文したもん出せよ。飲んだら大人しく帰ってやるから」  そう言われれば出すしかない。蓮は自分でビールを持ってきた。 「飲んだら帰ってくれ」  2人は飲み終わって立った。背の高い方が財布を出す。2000円テーブルに置いた。 「ごちそうさん。釣りはいい」 「おねえちゃん、また来るよ」  ()め回すようにジェイを見て出て行った。  誰も気づかない内に光ちゃんがスタッフルームから出た。廊下で携帯を取り出す。 「今出て行った2人。追ってくれ」  それだけ言うと店内に戻る。  三途川抗争は終わっていない。(くすぶ)っている。いつ東井派が動き出すか分からない、そう踏んで柴山は手を抜いていない。  親父っさんたちはそれを恐れてこの店には近づかないのだ。 「大丈夫か?」  蓮がジェイを振り返る。蒼い顔はしているが、ジェイはしっかり頷いた。 「大丈夫。俺、気にしてないから」 「ジェイ、こっち座れよ」  花が呼んだ。蓮がくしゃっと髪を乱した。 「行け。他に客もいないし」 「うん」  ジェイは言われるままに花の隣に座った。  伴は後を追おうとした。黒いシャツを羽織る。その伴に光ちゃんが話しかけた。 「今の、なんだろうね」 「ちょっと後をつけてみる」 「ええ、危ないよ! やめといた方がいいよ、ヤクザみたいんだったらどうするの?」  伴は光ちゃんが柴山隊だとは知らない。光ちゃんは今伴に動いてほしくない。だからちょっとした時間稼ぎだ。 「大丈夫だって。すぐ帰るから」 「この後店、閉めるのかな」 「蓮ちゃんに聞けよ。悪い、後で」 「ヤクザだと思ってるの?」 「かもな。じゃ」 (充分だろう) そう思って光ちゃんは引き下がった。伴が出て行く。 「匠ちゃん、ありがとう」  蓮に礼を言われて匠ちゃんが照れたような顔をした。  「何もしてないし」 「ジェイを庇ってくれたろう? 助かったよ」 「また来ると思いますか?」 「どうだろうな。しばらくはジェイを外に出さないようにする」 「はい」  ジェイの方に目をやる。池沢と目が合った。小さく頷かれた。  携帯が震え、光ちゃんがまた廊下に出る。瀬川だ。 『外で待っている車に乗って行った。後ろに張り付いている』 「ジェイにちょっと絡んで、ビール飲んで出てったんです。また来るって言ってました」 『しっかり見てろよ』 「はい。ちょうど隆生さんが来てました」 『分かった』  電話が切れた。  池沢が親父っさんに言うだろうとは思う。だが瀬川はそれを待つ気はない。それではなんのために自分たちがいるのか意味がなくなる。すぐに柴山に連絡を入れ、柴山は親父っさんに連絡を入れた。 『おっ(ぱじ)まったか』 「多分」 『どこのもんか分かったのか』 「()かれました」 『しっかり頼むぞ』 「承知しました」    翌日からあの2人は毎晩同じ時間に来た。ただ生ビールを飲んで出て行く。たっぷりとジェイを見る目つきは変わらない。  蓮はその時間帯はジェイに上に行くように言い、ジェイはそれに従った。眞喜ちゃんもその時間には帰す。Annaは夕飯までだから実害がない。表向きには無害な客だ。  しかし、それがいつまでも続くわけではないだろうと蓮は思っている。これは、神経戦だ。じわじわと圧迫されるような、そんな時間が続く。  
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