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異動問題か、ジェイ問題か
10月を過ぎると本格的に異動を考えるシーズンとなる。R&Dもその中の一つだ。過去と違い、今年は大きな異動になる。
野瀬、広岡、和田、石尾、2年目若手の男性1名、計5人だ。
その話を蓮は知っているがジェイはまだ知らない。どう伝えたものか、それを悩んでいる。
ジェイも異動話のシーズンだということは知っているが、実際に異動に直面したことが無い。哲平のインドも田中の営業もすぐ戻ってきたのだから異動のうちに入らない。
「今度の異動だがな」
店に来るメンバーの口から聞くより自分から聞いた方がいいだろうと思う。
「あ、異動の話ね! FGSの通達って他の企業より早いんだね」
「……そうだな」
「3月になって直前に異動の辞令が出るところが多いんだって! そんなにすぐじゃなんの用意も出来ないよ。住まいのこととかあるのに」
「企業の在り方の問題だ、様々なんだよ」
「ふぅん、FGSはそういう点が社員に優しいんだね」
そのまま言ってしまえばいいものを、なぜか蓮は言い淀んでしまった。気持ちの中に、出来ればまだ話題を避けたいという思いがあるからだ。
「時間! 夕飯始まるよ! 変な人たち、来なくなって良かったね」
「そうだな」
(「そうだな」ばっかり言ってる気がする)
「あの人たちってなんだったんだろうね。そう言えば8人で来てた人たちも来なくなったし」
ジェイがエプロンを付けながら話を続けている。
「でもなにも無くて良かった! ね、蓮」
「そうだな」
今夜こそ言おうと思う。ショックを考えたら言わないわけには行かない。そう決意した。だが蓮の決意は少々遅かったようだ。
R&Dからの客が来た。野瀬、澤田、浜田、完。そして久しぶりに浜田がかました。
「いらっしゃい! 今日は4人だけ?」
ジェイがにこにことオーダーを取りに来た。
「後から和田が来るよ。そうだ、蓮ちゃんに聞いてるだろうけど今年の異動、びっくりしたろ」
「異動?」
蓮がアイコンタクトを取ろうとキッチンから手を振るが浜田は見ちゃいない。
「そうそう! まさか5人もいなくなっちゃうなんてなぁ。それもベテランばっかり」
ジェイは仕事も忘れて座り込んでしまった。
「聞かせて! 誰?」
「聞いて無いの?」
そこでやっと浜田が蓮を振り返った。その頃には振っていた蓮の手が拳に変わっている。顔は鬼のようだ。
(あれ? なんかやった?)
浜田に蓮の思惑など分かるわけが無い。
「ね! 誰なの!?」
「いや、あの、」
野瀬が助け船を出す。
「個人名はまだ上がってなくて」
「そんなわけない! もう分かってるよね? 教えてよ!」
誰から言うのがショックが薄いか。……1人しかいない。
「ほら、若手の。吉村っていうヤツ覚えてるか?」
「覚えてるよ、てきぱきしてる子だった。それから?」
「それから……まだ決定じゃないから」
「ベテランって言ったでしょ!」
「ジェイ!」
キッチンから出てきながら蓮が声を張った。
「お前、部外秘の話を聞いてるぞ。良くないってこと分かってるよな?」
「浜田さん!」
「お、俺?」
「『蓮ちゃんに聞いてるだろうけど』って言った! 蓮は知ってるってことだね?」
今さらのように、自分の口の軽さを呪い、蓮の拳が下りて来る様が脳裏に浮かぶ。浜田は立ち上がった。
「あ! 今日は早く帰るって陽子に言ったのを忘れてた!」
浜田には自業自得とはいえ、厄日だ。入り口が開いた。陽子と橋田が入ってきた。
「ひろちゃん、私の分、注文しててくれた?」
「よ、」
ここで待ち合わせだったのを忘れたのだ。
澤田と完は大人しく成り行きを見ている。ジェイが泣くのも時間の問題だ。そのとばっちりを受けたくない。澤田は来なきゃ良かったと思っている。
(迷ったんだよな、奈美とケンカしてたし。でもここで一緒に食べれば仲直りできるかと)
奈美は澤田の顔を見てつん、とそっぽを向く。途端に澤田にムラムラと闘志が湧く。
「奈美。話の決着を付けようぜ」
「望むところよ」
これで、問題の区画から離脱した。奈美相手の方がジェイ相手よりもずっといい。
完は会社に財布を忘れてきたことを突然思い出した。これで取り残されたのは野瀬、若手社員、そして浜田。
そして和田が入ってきた。
「今日からなるべくここに通うよ。俺だけ年明けからの異動だなんて不公平だよ!」
結局店が混んでいないせいもあって、蓮がジェイを引き受けることになってしまった。
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