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蓮はジェイを家に連れて行った。
「会社なんだ、異動の辞令が出てもしょうがないのは分かるだろう?」
「だって、だって、急にみんな」
「俺は会社に逆らって異動を止めていた。だから俺が辞めるまでR&Dからの異動は無かったんだ」
「じゃ、哲平さんだって!」
「哲平は部長になったばかりだ。そんな無茶を言えるわけが無い。言ったとして、今の哲平の立場が悪くなる。立場をどうこう思うようなヤツじゃないが哲平には目標がある。そのために哲平は昇進した。あいつにはあいつのやり方があるんだ」
「目標って?」
「FGSを作り変える」
ジェイの目が丸くなった。
「会社を作り変えるの?」
「そうだ」
「そしたらどうなるの?」
「俺がお前に話すってことを哲平に知られたくない」
「言わないよ、何も。それに蓮は俺に隠し事する気なの?」
「……すまん。黙ってた。かなり前からの話になるが、聞くか?」
「うん、聞きたい」
蓮は話した。大滝が自分に求めていたこと。自分が感じたFGSでの仕事の限界。元々哲平に後を託すつもりだったこと。どんなに哲平を待っていたか。
「そんな気持ちだったんだね……苦しかったね、蓮」
「怒らないのか?」
「だって、辛いのに仕事頑張ってたでしょう? 全然変わらなかった。いつも一生懸命だった。俺が怒るようなことじゃないよ。大変だったのは蓮だよ」
「ジェイ……」
「……哲平さんも大変なんだね。仲間を送り出して、新しい人を受け入れて。でも今の精度を維持していくんだ。それどころかUPしていくつもりなんだ。そうか、だから哲平さんなんだね!」
「どういう意味だ?」
「哲平さん、戦車だもん。障害物どかすんじゃなくて潰して進むんだ。蓮が潰すことができなかったものを哲平さんに託したって言うことだね?」
「そうだよ。あいつならそれが出来る。俺はそれをここから見ていたいんだ」
「俺も蓮と一緒に見てるよ。ね、もう俺に秘密のことはない?」
「無い。これで全部だ」
「ならいい。異動のこと、全部聞かせて」
聞き終わって店に戻った時には、ちょうど野瀬たちが会計を終わらせて出て行くところだった。
「野瀬さん!」
「ジェイ、」
あっという間に抱きつかれた野瀬。店の出入り口だ。
「おい、ジェイって、」
「寂しくなるよ……和田さんも」
「あのな、まだ12月までは来るんだからな」
野瀬は1月から研修で4月渡米だ。和田は1月からの異動。他のメンバーは4月異動だ。
「今日これっきりみたいなこと、言うな」
「うん……うん、そうだった。まだ元気な姿見せてくれるんだよね」
「俺たちゃ死にに行くわけじゃないぞ」
「帰って来てくれるんでしょ?」
和田が髪をくしゃくしゃっと掻き回した。
「先のことは先のことだよ。そうなりたいって思うけどね。でも時々は土産持って遊びに来るから」
「とにかく、だ。12月までは何度だって食いに来る。それまで頼むよ」
野瀬の目は優しかった。あの事件の時にGPSでジェイを助けたのは野瀬だ。たくさんの思い出がジェイとの間にある。
「分かった。お店に来てくれるの待ってる。広岡さんと石尾くんにも伝えてね」
「伝えるよ」
店を出て和田がしみじみといった。
「異動、するんだなぁ」
「なんだよ、今さら」
「ジェイに泣かれてさ、実感が湧いたんですよ。そうかぁ、なごみ亭に来るのも後2ヶ月ちょっとか」
言い合いをしながら先を行く澤田と橋田。陽子の荷物を持った浜田。彼らの背中を見て、野瀬と和田は振り返ってなごみ亭を見た。
「先のことは先のこと。お前の言った通りさ。俺たちはそろそろ自分自身の人生の面倒を見なくちゃな」
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