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発覚
蓮は妙なことに気がついた。
「ごめんね! 生姜切れてた! 買ってくる!」
元気に飛び出すジェイ。11月の怪しげな事件以来、何も起きていない。だから蓮も1人で外に出るのを止めずにはいる。行き先はごく近場の八百屋だ。
(また生姜が切れたのか?)
これで3度目。わけぎも切れた。ミョウガも切れた。たいしたものじゃない。ランチ後の休憩にジェイが気づくから晩飯の用意に困ることは無いのだが、こう頻繁に物が切れるのは困る。食材の管理に手落ちがあるということなのだから。
そして、帰ってくるのが遅い。
「もう、八百屋のおばちゃんのお喋りが長くて!」
毎回その言い訳だ。確かにあそこの八百屋のおばちゃんは愛想がいい。だから最初は蓮も疑いもしなかった。
だが。
(絶対におかしい! なんだ?)
だから今日は跡をつけることにした。配偶者の跡をつけるのは不穏極まりないが、(なにかあってからじゃ間に合わないんだから)と、自分にもちゃんと言い訳がある。
ジェイは真っ直ぐに駅向こうの商店街の八百屋に向かった。
(なんだ、行き先は八百屋だ。やっぱりお喋りが原因か?)
だとしたらずっとここに留まるのはバカらしいから帰ろうと思った。だが、予想に反してジェイはすぐに出てきた。
「また来るね!」
「毎度!」
そんな挨拶を交わしている。
(今日はお喋りなしか)
先に帰るのは無理だ、背中を見られる。だから曲がり角でジェイをやり過ごした。まるで跡をつけるように帰りもジェイの後ろから歩く。少しばかり後ろめたい。
スタッフルームに戻って、匠ちゃんに「ジェイは?」と聞いた。
「まだ戻ってないけど。おばちゃんに捉まってるんじゃないかな、あのおばちゃん話長いから」
どう考えてもおかしい。確かにジェイは自分より先にここに着いているはずなのだ。不安になる。このビルに入るほんのわずかの時間、目が離れていた。
(きっと何かあったんだ!)
携帯を手に取ってすぐにジェイにかけてみた。
『蓮? なに?』
「なにかあったんじゃないのか!?」
『え、何も無いけど。ごめんね、まだお喋りしてるの』
これは嘘だ。八百屋はとっくに出たのだから。その時、ピン! と来るものがあった。ジェイが持っていたものだ。生姜にしては大きな包みだった。
電話を切って自宅に向かう。心配した分、腹が立っている。自分の予想通りならジェイは自宅だ。 ドアを開けると、そこにはジェイの靴。
「ジェイっ!」
「れ、れん、」
キッチンテーブルで向こう向きに座っていたジェイが慌てて立ち上がった。口がもごもごしている。
「ジェイ! 俺に嘘をついたな!」
「あ、あの、」
「この俺に嘘か! なんだそれは!」
「えと、えと、」
「焼き芋を盗み食いするために嘘をついたのか! お前は結婚の重みより焼き芋の方が重いのか!」
「れん?」
「この冬は焼き芋禁止だ! 今度から物が切れたら匠ちゃんに買いに行ってもらう! お前なんか当分無視だ!」
蓮の物すごい剣幕と自分の罪の意識でジェイはすでに泣き出していた。
「ご、ごめ、なさ、ひくっ、れん、ごめんなさい、ひくっ……」
カッカとしてきつい言葉をジェイに叩きつけ、蓮は少し頭が冷えた。2つに割った焼き芋を持っている両手の甲で涙をこすりつつ泣いているジェイが可哀そうになってくる。
「そんなに食べたかったのか」
「ごめ、ひくっ、嘘、ついた、ひくっ」
「お前は……」
胸に抱きしめた。
「ほら、もう泣くな。いつも焼き芋を食ってたのか?」
「う、うん……」
「心配したんだぞ? もう嘘をつくんじゃない。いいな?」
「うん……」
「待ってろ」
ティッシュを取って来る。もう涙も鼻水も駄々洩れだ。その鼻にティッシュを当ててやるとチーンとジェイが鼻を噛んだ。新しいティッシュで涙と、芋が付いた口を拭いてやる。
「食べ終わったら下りて来いよ。顔洗うんだぞ」
「はい」
店に向かいながらほっとした。
(良かった、焼き芋で)
今頃になってジェイらしくて微笑ましくなった蓮だった。
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