忘年会

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忘年会

  「こんばんはー!」 「来たよー」  R&Dがなだれ込んできたのは8時半頃。みんなほろ酔い加減だ。ここで二次会をやって、三次会以降はご勝手に、という形。蓮はここで飲み潰れて泊っていく者もいるだろうと思っている。  今回の幹事は橋田とリオだ。旅行とは違ってレクリエーションがあるわけでもなく、二次会では会計を受け持つくらい。楽なものだ。  店側もビールを出し、つまみになる料理を出し、勝手知ったる者ばかりで手間もかからない。  大滝が簡単過ぎる挨拶をした。 「みんな、今年も良く頑張ってくれた。来年も頼むぞ!」  短い挨拶ほど喜ばれるものはないと承知している。酔っぱらっていればなおのことだ。みんなから拍手喝采を浴びて、大滝は哲平を呼んだ。 「哲平、お前に指針を与える」 「お! いいのがありましたか!?」 「『機略縦横』だ。意味は」 「分かります! うわっ、ありがとうございます! 頑張ります!」  哲平がみんなを振り返る。 「河野さんは『清廉潔白』を貫いた! 俺は『機略縦横』でやっていく。みんな、よろしくな! 花、額縁頼むぞ」  蓮はちゃんと経緯をジェイに話してある。『機略縦横』に決まったことがジェイは嬉しくて堪らない。にこにこと哲平の喜ぶ様子を見ていた。もちろん、秘密は守るつもりだ。  店側もスタッフ一同、R&Dと一緒に忘年会を味わう。Annaも来ていて、みんなを回りながらハンカチを渡していった。 「え、作ったんですか!?」 「ええ、喜んでもらえるかしら」 「素敵!」  女性のハンカチにはレースをあしらっている。そして全部に『R&D』というロゴ入りだ。 「すごい、刺繡よ、これ!」  池沢はありさと三途川本家の分を預かった。三途川本家はハンカチじゃない、手ぬぐいだ。『三途川組』と漢字で染め抜いた。 「喜びます!」  池沢自身も大喜びだ。  匠ちゃんは意外と酒に強い。20歳を過ぎて初めての酒は店の打ち上げの時に飲んだ。どの酒もそれなりにイケる。みんなに混じって騒いでいるのは、やはり酒の力か。一番年下なのだから周りに可愛がられている。  R&Dでの忘年会がこれで最後の者たち…… 広岡、和田、石尾、若手男子。最初に旅立つ和田は名残惜しそうにちびちびと酒を飲みながらメンバーを眺めている。野瀬はアメリカで3年過ごしてここに戻ってくるのだから、最後ではないがやはり感慨深いものがある。他のメンバーも出来ればR&Dにいつか戻りたいと思っているが、果たしてそれが叶うのか……  蓮から許可をもらってほんの少しワインを飲んだジェイ。それほどの酔いはないが、やはり別れる5人を思って泣いた。 「俺と石尾は横浜だから。いつでも会えるんだから。それに俺たちが行くのは3月だぞ」  広岡が抱きついて泣く背中を撫でる。椿沙の学校を考え、引っ越しも無しだ。石尾は凛子ちゃんとの新居を異動先の会社の近くに構えることにした。 「先輩! 俺も花さんとこに行きますから。R&Dのファミリーの会は脱退しませんからね!」 「俺のところも同じだよ。だからいくらでも会えるから」  そう聞いて、少し涙腺が閉まったが、和田に抱きついてまた決壊する。 「和田さん、和田さん、」  ただそう言い続けるジェイの頭を、和田はこれでもか、というくらいに掻き回した。 「遊びに来るよ。なごみ亭に食べにくる。その時は頼むな」 「和田さんの分、俺が払うから。本当に来てね」 「ジェイの奢りか、嬉しいよ! 最初の頃はバタバタするだろうけど落ち着いたら必ず来るから」  そう言われてやっと涙が引いていく。  野瀬はAnnaと話し込んでいた。 「じゃ、連絡しておくわね。良かった、近い場所で」  Annaの元教え子が野瀬の行く場所に近いところに数人いる。家族が心細い思いをしないように、とAnnaが紹介するのだ。 「助かります。いくら物怖じしないって言っても、誰も知り合いがいない外国ですからね。心強いご近所さんが出来て有難いですよ」  時間が経つほどに酒が進んでいく。そこかしこに酔い潰れ組が出来てくる。自分を保とうとしていた野瀬もとうとうみんなに潰されてしまった。珍しく中山も泊まっていく。やはり和田がいなくなるのが寂しいのか、意外に飲んだ。  哲平や花が手伝って2階から布団を持って下りる。 「俺たちも泊まっていくか」 「そうしようよ。連中だけ残していくのも蓮ちゃんに申し訳ないし。朝飯は俺が作るから」 「お前の言葉じゃないが、勘弁! 目玉焼きだろ?」 「目玉焼きを笑う者は目玉焼きに泣く!」 「なんじゃ、それ」  今日は蓮もジェイも一緒に座敷だ。慣れ親しんだ仲間が旅立ちをする…… 2人とも今夜は眠れないような気がしていた。  
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