残り火

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   あの事件の残り火とも言える3人がいる。秋野高也(たかや)(33)、秋野芳樹(よしき)(31)、野村礼二(28)だ。3人ともジェイに対する傷害で捕まってはいたが、それほどの刑期も経ずに出所した。  出所してすぐに向かったのは相田の入っている刑務所だった。面会を申し込む。目の前に座った相田の変わりように3人は驚いたものだ。 「金?」 「そうだよ! 金くれるって言うから危ない橋を渡ったんだ!」 「で、なにか成果が出たか? なんの役にも立たなかったろう。お前らに払う義理なんてない」  けんもほろろな言い草に3人は怒りに震えながらそこを出た。自分たちと相田を取り次いでいた弁護士も受刑している。  どうしようもなくなった3人が次に向かったのは相田邸だった。何しろ圭祐のせいで自分たちは前科者になったのだ。その落とし前をつけるつもりだった。相田の両親は新しい厄介ごとを避けて金を渡すことを選んだ。  それから約3年を相田邸にダニのように張り付いて過ごした。ヤクザになるほどに肝も据わっておらず、チンピラと言えるほど縄張り争いに巻き込まれたくない。ちょっとした悪さを重ねながら、法の網には触れないように潜む。  その内、相田家も対応が変わった。事務的な秘書が間に立つようになり、3人は徐々に行き場を失っていった。  相田が出所した時に話を付けようとしていた3人だが、肝心の相田の様子はさらに変わってしまっていた。近づこうにも明らかに危ない連中が相田をとり囲んでいる。そして、あっという間に相田は姿を消してしまった。なにがどうなっているのか分からない。ただ、そこに『なごみ亭』という店が介在しているような気がした。  3人はなごみ亭にも食べに行った。あの時、自分たちが襲った人間が目の前にいた。明るく、なにものにも穢れていないジェイ。少しずつ憎む心が芽生えて来る。 「俺はアイツが気に食わない。アイツのせいでこうなったんだ」  元々が捻くれている秋野高也。身内も見放した兄弟だ。弟の芳樹は兄の言いなり。野村は相変わらず腰が引けていて、2人から離れることも出来ない。 「じゃ、どうすんだよ」  野村が高也に聞く。自分の意思はほとんどない。 「嫌がらせっくらいじゃ気持ちが治まんねぇ、脅して金を踏んだくろうぜ」 「どうやって? なにもネタが無いじゃないか」  弟の芳樹はまだ建設的だ。 「いいんだよ、そんなこたぁ。手始めに1人んときにちょっと脅してやれ」  他に頭の使いようがない。悪さだけは一人前に出来るからジェイが1人の時を待った。 「行ってくるね!」 「焼き芋はだめだぞ」 「もう買わないよ!」  今度は本当にネギを切らしたなごみ亭。鍋物が思ったより出た。夜は宴会だから今買いに行くしかない。  蓮はよほど匠ちゃんに頼もうかと思ったが、ジェイがいじけてしまうかもしれないと余計な取り越し苦労をした。それが仇になった。 「ちょっと、あんた」  物陰から出てきた男にびくりとする。相手は2人、秋野兄弟だ。 「なんですか?」 「俺たちのこと、覚えてるだろ?」 「……会ったことありました? ごめんなさい、覚えてないです」 「なにを? ふざけやがって! 俺たちのことも相田のこともムショ送りにしやがったのはてめぇだろ! てめぇのせいで俺たちゃ長いこと苦労してるんだ!」  弱い相手に叫んでいるほどに憎しみが増してくる。そうだ、こんな男のために自分たちは日陰者となった。なのにコイツはあんな立派な店で……  高也はジェイの左手をねじり上げた。物陰の壁際だ、人目に付かない。 「やめ、やめて、なんのことか分からない、やめて」 「ふっざけんなよ! 相田のことも忘れちまったっていうんじゃないだろうな!」 「あい、だ?」 「てめぇをレイプしたろうが!」  ジェイの頭がそこでストップした。なんのことだか分からない。自分が知らないことでこの2人が怒っている……  黙り込んでしまったジェイを2人は解放した。弱みを掴んだ気がした。 「そうだよ、お前はレイプされたんだ、相田って男にな。バラされたくなかったら金用意しろ。逃げようったって無駄だ、俺たちの仲間が店に食べに行くからな!」  2人が消えて。しばらくの間立ち尽くした。ふっと気がつく。 「ネギ、買わなきゃ」  歩き出す。なぜか左手が痛い。後ろを振り返った。 (知ってる道、だよね? えっと、八百屋さんがあって、駅の向こうで蓮が待ってる)  人に説明できるほどに記憶が残っていない。ただ、自分を守ってくれる人だけを心に思い浮かべていた……  そしてカウンセリングを迎えた。  
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