残り火

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   ジェイの変化は大きくなかった。ほんの時々動作が止まる。「あれ?」と何かを忘れたなにかを思い出そうとする仕草が見える。どれも無意識に起きているようだ。だが蓮は目を離さないようにしていた。それでも店をやっているのだ、そういう訳には行かない時が多い。  野村礼二が接触してきたのは27日だった。店じまいは近隣の会社の予約の関係で29日。今年は遅い。  野村は店に食べに来た。ジェイに手紙を渡すように言われている。年越しのために小銭を稼ごうという腹だ。小銭とは言っても、5、60万ほど。  ジェイがなかなか近くに来ない。蓮が目の届くカウンター付近の仕事だけをさせているからだ。 (ちっ、どうするか……店員に渡してもらうか) この店の連携を知らない。最初は匠ちゃんに、と思って考え直した。 (若いヤツってのは当てにならねぇ、うっかり適当に置かれても困る) それなりで、愛想が良さそうで、深読みをしなさそうな店員…… 「お客さん、これ、下げてもいいですか?」  目の前の店員がにこにこと聞いてくる。なんとなく聞いてみた。 「おじさん、ここ、パート?」 「みたいなもんです。時給で働いてるんで」 「そう……ちょっと頼んでいいかな」 「なんですか?」 「これ、あそこの外人みたいなのいるでしょ」 「ジェイですか?」 「そうそう、アイツに渡してくんないかな。渡せば分かるはずだから」 「これをジェイに、ですね? いいですよ」 「じゃ、頼むわ。ご馳走さん」  野村はレジを済ませると出て行った。光ちゃんは小さく折り畳まれた茶封筒を尻ポケットに入れてトイレに行った。 『この前のこと、バラされたくなかったら50万用意しろ。また連絡する』 (なんだ、これ……) 光ちゃんはすぐに携帯を持った。 「今出てった紺色のダッフルコートの男、調べてくれ」  携帯はすぐに切った。問題はこの封筒をどうするか、だ。ジェイ当ての手紙を盗み読みしたのか、という部分。何より、ジェイに渡していいのか、という部分。渡せるわけが無いのは分かっている。  封を元通りにする。伴はあいにく今日は夜しかいない。もし相手からの連絡がすぐに来たら手を打てないかもしれない。 (蓮ちゃんか源ちゃんだな) そう決めて渡すことにした。  トイレを出てちょうどスタッフルームにいたのは蓮。 「蓮ちゃん、ちょっといい?」 「いいよ、どうした?」 「これ、ジェイにって預かったんだけど。あんまりいい感じの男じゃなくってさ、目つきが悪かったんでジェイに直接ってのもどうかと思って」  途端に蓮の顔色が変わった。 「ありがとう! 助かったよ。このことジェイには」 「言わないでおくよ。後はよろしく」  手紙を開けた。短い文面を読んで、すでにジェイが相手に会っていることを知る。 (この前のこと? バレる?) どれほどのことがあったのか。50万も要求してく るとはどういうことなのか。蓮は店に戻ると 、ジェイには言わずにみんなに伝言を回した。 『ジェイ当てに掛かってくる電話は全部マスターに引き継ぐこと』 「マスター」というのは今じゃ緊急時の呼び名だ。それぞれが蓮に頷いて寄越した。 「蓮ちゃん、どういうこと?」  源には全部話した。隠し事などほとんどない間柄だ。 「バレるとか金とか、脅迫されるようなことジェイがするとも思えないけど」 「それにジェイの様子が変わらない。なにかあってそれが表に出ないジェイじゃない」  いや、本当はすでに表れているのだ。先週の土曜の大先生に聞いたことはこれが起因しているのだと思う。 (大先生に連絡を取るか) なにかがあったに違いない。記憶に残らない何か、ではなく、残せない何かが。  
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