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「あんなストーカーもどきに絆された俺のこと、助走つけてぶん殴りたぁい……っ!」
バイト先の居酒屋のバックルームにて、朝五はスマホを手にゴンッ! と強かにテーブルへ額を打ちつけた。
理由は単純。
確かに恋人になったはずの夜鳥が、現在進行形で音信不通だったからだ。
それもなんと、一ヶ月。
これが嘆かずにいられようか。
嘘のような本当の話である。
あれほど熱心に朝五への愛を語っていたくせに、夜鳥は連絡の一つも返してこない上に電話にも出ず、会いにも来ない。
朝五はあの日の夜、付き合うからには恋人になる相手のことを知ろうと「好きな食べ物なに? ご飯誘う気で聞いてるからそのつもりでよろしく」とメッセージを送った。
積極的なファインプレーだ。
少し浮ついてすらいたと思う。
今思うと、別れた孝則との出来事に囚われるのではなく今の相手に集中したかったというのもあっただろう。
けれど、待てど暮らせど返事がない。
朝五は何度も連絡先を確認した。
他に何通か送ってもみた。
ブロックされているのかとも思ったが、既読はつくのだ。にもかかわらず、電話をかけてみても取る気配がない。
大学の前期テストは九月に終わったばかりだ。勉強の線は薄いはず。
アルバイトが忙しいのかと考えてもそれは理由にならない。忙しいと言えばいい。体調不良も然りだろう。
朝五と別れた直後に一ヶ月以上音信不通になるほどの奇跡的な事故に遭っている可能性を考え、会いに行こうとは思った。
しかし朝五は夜鳥の住所はおろか、学部すら知らない。
向こうが一方的に朝五をよく知っているだけである。
友人知人にさりげなく〝夜鳥 成太を知っているか?〟と尋ねてみるが、知ってはいても仲がいいという人はいない。
ただ驚くことに、夜鳥は朝五と同じ学部だったことが判明した。
それならば一つくらいは取っている講義がかぶっていて然るべきだろう。けれど気配がなさすぎるのか本人がわざと避けているのか、ニアミスすらしない。
なしのつぶてのまま、一ヶ月。
流石にこの扱いは、釣った魚に餌をやらないどころではなかった。
というかここまで無視されると、アホウだと言われる朝五でもなにも言わない夜鳥の言いたいことがわかる。
夜鳥は……朝五との交際を、なかったことにしたいのだろう。
理由を聞こうにも無反応なのだから、察してくれということだ。ただからかわれただけだと理解するには十分すぎた。
よく考えれば、なにも知らない男。
あの日簡単に絆されてしまった自分の迂闊を、朝五は日々呪ってやまない。
朝五が好きだとは言ったが男が好きだとは言っていなかったし、今さら男の恋人に尻込みしたのかもしれない。
泣き顔が汚かったのかもしれないし、フラれるたびにバカを連呼して膝を抱える女々しい部分が面倒だったのかもしれない。
かもしれない。
だが、そうかもしれない。
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