北海道:札幌~ススキノ2~

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北海道:札幌~ススキノ2~

 キィ…───    (きし)みを上げて内側に開くガラスドア。  茶色を基調としたレンガ調のタイルを張った、シックなデザインの弁護士事務所の中は、小綺麗にまとまっていた。  密閉というほどでもないが、北海道建築の特徴ゆえ、内部の気密性は比較的高い。  そのため、開けた瞬間…他人の生活空間独特に臭いが鼻を衝く。  そして、あのカビの匂いも…  生活臭からして、当然人が以前住んでいたことが(うかが)える。  すくなくとも、こんな世界になるまでは廃墟ではなかったのだろう。  そして、この独特のカビ臭さ。  何度も嗅げばいい加減覚える匂いだ。    人が腐り…肉が発酵し分解されて土になり、豊富な有機物に空気中の胞子が付着し…カビを形成する。  長い年月を経て、有機物の養分を分解しつくすまで、このカビは繁殖し続けるのだろう。 「ったく…気分悪いわー」  本来なら、時間さえあればこの手の建物は避けるのだが…  今回は緊急避難ってやつだ。仕方がない。  いつもなら、じっくり時間をかけて棲み処を探す余裕を持つのだが、久しぶりの都会に舞い上がっていたようだ。  暗闇の中で寝床を探すと言う愚を犯してしまった。  カラカラとカートを引いて弁護士事務所の中に踏み込んでいくと、ガラスの半分窓(はんぶんまど)の向かい側に、椅子に腰かけた状態の完全な形の死体がある。  どうやら、受付の人間らしいが…  (はず)れたかけの顎が、乾いた皮膚片に引っ付いてプラプラと揺れていた。  これでは喋ることもこともできないだろう。  声帯もなければ、肺もない。  …そもそも生きてもいない。    ファンタジー世界のスケルトンだとかは、喋ったりするやつもいるけど、  あれ無理じゃね?  なーーんて、どうでもいいことを考えていたりする。  アタシも大概この世界に馴染んでしまっている。  普通なら警察を呼ぶ案件だ。  ……まぁ、警察どころか、そもそも人がいないんだけどね。  ──さて、まずは捜索だ。  いきなり踏み込むのは下策。  夜にドアを開けるのも厳禁。  一度、どこかの廃墟で、開けた瞬間…! ドザドサカランカラン~…って感じで白骨死体に抱き着かれたことがある。  あれはビビる。  滅茶苦茶ビビる。  なので、無理にドアは開けない。  別に物資に困っているわけでもないしね。武器もお金もいらない…  ゲームじゃないんだから、無理にキーアイテムを探索する必要もないわけ。  つまりぃ。  一時(いっとき)の生活空間が欲しいだけなら、  余計な探索はしない。  安全確認の意味もない。  危険な生物も、最早(もはや)いないことだし、ね。  っと、  見た感じ、奥にドアが3つ、手前に2つ、ドア無しのスペースが2つ…と。  なるほど、  奥の二つは先生方の御部屋なのだろう。  受付にある名前を見れば、弁護士先生は最低二人はいるようだ。  そして、受付の死体を見る限り、先生も中で御臨終なさっているだろう。  っていうか、先生って表現であってるよね。  「先生お願いします!」みたいな? …いや、これじゃ時代劇か。  フフ…どうでもいいか。  誰も気にしないし、先生で行こう。  奥の部屋には2つの金色の名前(ネーム)プレートが掛かっている。その先生たちの御部屋なのだろう。  もう一つは会議室…っぽい。  弁護士先生って会議をするのだろうか?  うん…わからん。  で、手間の二つは相談室というのか?  依頼人だとかが入る部屋のようだ。  ──依頼人、でいいんだよね?  すぐ手前の一つは、ドアが半開きになっており、中が見える。  見れば、  机に突っ伏した死体が一つ。  中身のないコーヒーカップと共に鎮座していていらっしゃった。  格好から見て、年若い青年と言った感じ。  この場合は依頼人、というのか?  それとも被弁護者? うーん…わからん。  まぁ、関係ない事だ。  カチャリとドアを閉める。    ──おやすみなさい、と。  さて、もう一つも同様の部屋。  閉まっている以上無理に開ける必要はない。  あとは、  ドア無しペース──そこは給湯室と、更衣室らしい。  更衣室はカーテンで仕切られているが、男女の区別なし。  実際に使う時はプレートなんかで使用中みたいに表示していたのだろうか…?  特に目立つ死体は、ひとつだけ。  あとは、室内かね。  うん、  悪くない。  目視での捜索終了。  ふーむ…こんなもんか?  あとは足で捜索するわけだけど…  うん───   で、だ。  ……  あれがない。  そうトイレだ。  あれーー?  なんで?  トイレは廃墟探索において、すっごく重要だよ…  ふむ…?  どこだ?  トイレのない生活空間など、およそ考えられないけど……  あ、あった。  入り口すぐ側。  建物規模の割に大きい。  男女の別に分けられているようだ。  受付の空間を挟んで女子用と男子用の二つ。  女子側はドアノブの、鍵の表示が赤くなっている。    どうやら使用中らしい。  永遠に…  長い、ンコね~。  …便秘が酷いにもほどがある!?  なんちゃって~。  …  さて、  男子用は使用中の表示なし。  とはいえ、ゆっくりと開ける。  中に死体がないとも限らない。  別に襲われるわけじゃないが、  気味が悪いし、  ビックリするでしょ?  心構えが必要なわけですよ…  キィィ───  ……  無人のトイレ。  そこは綺麗に清掃されており、  水垢とブルーレットの芳香が漂う、トイレ独特の空気がするものだった。  便座には月日による埃こそ溜まっていたが、不潔な感じはしない。  軽く拭えば、そう汚れることもないだろう。  便所の作りは様式で、タンク給水型…いいね!  下水道に直結の便所穴には水はなく蒸発してしまった後のようだ。  代わりにトイレタンクには水が入っている気配がある。  …ありがたいわー。  これで二回は便所でンコができる。  知ってる?  タンクに水さえあれば、便所で流すことができるのよ!  やっほぃ!  数が可笑しい?  そりゃ、一回目は流してー、次は…察してちょうだい。  …そんなわけで、本日の寝床決定~。  ん?  男子トイレでいいのって?  誰も気にしやしないわよ~
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