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北海道:札幌~ススキノ3~
さて、
屋根、壁、床。
これがあるだけで素晴らしいものだ。
さらには、屋内のトイレ…最高だ。
まぁ、それでするウ〇コも悪くはない。
ある意味最高だ。
ワザワザ国道のど真ん中でしたこともある。
こう…なんだ、
一人だとちょっと馬鹿になるわけで、───コホン。
うん、忘れてくれ。
アタシは忘れた。
で、ね。
野外でのダイレクト対人地雷の設置はさておき…
屋内で過ごす快適さへの言及について。
わかるぅ?
キャンプも悪くないが、やはり建物の中は外に比べて温かい。
まだ秋とは言え北海道の秋。
下手をすれば札幌でも10月に雪が降ったりするくらいに…北海道の秋は侮れない。
外は一桁台の気温になり、急速に冷えていく。
そう、
本当に急速だ。
建物の中も、火がなければ寒々としている。…しているが外に比べれば、風がないだけで随分と違う。
まぁ人骨あり───
という、ちょっとしたホラーな雰囲気は好きではないがね。
しかし、この暗闇の中で別の建物を探す方がリスクが大きい。
うん、主に怖さの面で…
だって、死体が転がる街中を闊歩するのよ?
たった一人で…
マジで怖い。
今も怖いんだから!
だから、あまり考えないようにする。
本当に気が狂いそうなくらいの──孤独と、闇の恐怖があるから、ね…
だから、努めて快適に過ごして、疲れを取る努力をする。
一時的な宿とは言え、出来る限りのことはする、と。
なるべく怖くない方向でね。
故に次は足で探索をする。最低限の範囲のみを。
──事務所の中を歩いて探索してみたところ、目立つ汚れは少なく埃程度。
あと、汚い場所と言えば…まぁ死体の付近くらい。
彼? …いや、服装からして女性だな(受付だしね)。
で、彼女には申し訳ないが、この状況は俺の精神衛生上よろしくない。
とはいえ、あまり素手で触りたくないのが人骨というもの。
しかも、ずっと住むわけではない。
一時的な処置。
ならば申し訳ないが…ちょっとばかし目隠しをさせていただこうと思う。
そんなわけで彼女には、更衣室で見つけた…いわゆるオッサンが来ていそうな黒いトレンチコーチを入手すると、それを頭から被せた。
乾いた皮膚へんだけで引っ付いているので、大きな力を加えると崩れ去るので、そーっとだ。
別に崩れたから──どう、というものではないが…
色々怖いので、この辺は気を遣う。
シーツでもあれば一番いいのだが、あいにく宿泊施設でもなければ…一軒家でもない。
あくまでもここは弁護事務所なのだと、改めて思う場面だ。
故に、大きな布のようなものと言えば、衣類くらいしかない。
じゃ、失礼して…
「おやすみ…」
もう、永遠の眠りについているだろう彼女にも一応声を掛けておく。
返事があるわけではないが、霊魂なるものがあればこの辺を漂っていないとも限らない。
漂っていたからと言って何だ? とかいう話はしない。
なんせ気分の問題だからね。
ここには、…この街には誰もいない…
別に彼女の行動を咎める人も、褒める人いない。本当に個人に帰結する問題なのだ。
そーっとかけたロングコートはふわりと被さり、上手い具合に彼女を覆い隠してくれた。
崩れやしないかと冷や冷やしたが…なまじ長期間の白骨化するまでこの姿勢でいただけに…
皮膚だとか、カビだとか…──なんやかんやで張り付いているのだろう。
はー…よっこいせ。
一仕事した気分ね。
汗を拭う真似をしながら、彼女は適当な机に腰かけた。
事務所らしき所には、向かい合わせになった机が4つ。
小さな島を作っている。
内2つは綺麗すぎるほどに物がない所を見ると…元々無人なのだろう。
その他の机に、山のようになった文具や書類や本等を見ると、一種の寂しげな光景にも見える。
しかし、島を作っているというのに、山の様に積まれた荷物は、隣の無人の机に侵食している様子はない。
普通なら物置にされそうなものだが、まるで、透明な壁でもあるかのように、綺麗に机が独立していた。
事務所の所長がそういった縄張りにうるさい人だったのだろうかしら…
考えても答えの出る事ではない。
彼女は、使用されていたであろう机のうち、比較的綺麗な方を今回使用させてもらうことにした。
もう一つの方は、荷物に埋もれ過ぎていて…物の置き場すらない。
一方彼女の使用している机は、ものが多い割には綺麗に整頓されており机として十分に使える。
ならば選択肢は、自ずと限られるでしょ?
そんなわけで、その机に荷物を広げさせてもらうことにした。
なんというか、何もない机を使ってもよかったのだが…
それはそれで落ち着かない感じがするのだ。
他人の机とは言え、何もない机はまるで凍り付いたかのような寒気を感じる。一方で、かつて使用されたの痕跡のある机は…一種の居心地の悪さはあるが、なんというか温かさを感じるのだ。
人間の息吹を感じるというのか…
まぁもはや生きている可能性はゼロなので、息吹など無いのだろうが、ね。
使っていた本人の遺体はなさそうだが…どこで白骨化しているやら。
…事務所の最少人数は4人といったところ。
受付には、荷物がない所を見ると…誰か来客があった場合などに窓口に立つシステムなのだろう、
故に、
この机の持ち主は、そこでトレンチコートを被った白骨女性か…
トイレを使用中の誰か───の、どちらかだろう。
女性の事務員二人に、弁護士先生二人の事務所───といったところか。
流石に女性用便所に男性が入っている可能性は低いと考えるとそうなる。
中々の推理でしょ?
これだけの情報があれば、あとは凡そ残りの死体の位置は分かる。
先生方の部屋か会議室、便所、あとは依頼人の相談室かな。
つまり、閉じられたドアを開けなければ、妙なところで死体に出くわす心配はない。
よって、今夜の生活空間はこの事務所内に限るべきだろう。
そうと決まれば、ここで食事とその他諸々ね。
居場所が決まれば──あとは、生活の始まりだ。
机の上にゴトンと、電池式ランタンを置くと点灯。
ボワっと急速に明るくなる室内に落ち着く心。…その反面、外の暗さが妙に気になり…この光が盛大に外に漏れていることに心細さを感じる。
誰もいない世界とは言え…なにかに見られているような………わかるかな?
自分がここに立って一人でいますよ───と宣言しているような妙な焦燥感を感じるのだ。
一人で過ごす様になって、随分立つが…やはり、この感覚は慣れない。
夜の闇は恐ろしいもの…
暗闇で過ごすことも…
暗闇を払い、その明かりの中に閉じこもって過ごすのも───どうしたって怖いのだ。
周囲が明るさに包まれ、どこもかしこも見通せるような明かりならいいのだろう。
あるいは昼間の太陽だ。
あれはいい。
太陽は最高だ。
例え白骨の原に居ようとも…太陽の元ならまだ我慢もできるし、乗り越えることもできる。
それほどに太陽は偉大で愛おしいもの…
それに比べて夜の闇が恐ろしいのなんのって。
だが、
人間の不思議とはよくいったもの───
なぜ今更、闇が怖いのか…
そこだけがよく分からない。
元々、夜行性ではない人類。
それは、夜の闇に紛れた獣に襲われ、命を落としていた人類が原始の時代から刻まれた遺伝子レベルの恐怖心なのだ。
ならば…
その獣が消え失せたいま…
誰もいないこの世界で、アタシは何を恐れるというのだろうか?
こんな世界になった時点で恐怖心は消え去ってもいいのではないかと思う。その方が生きやすいだろうに…
だが、
脳は…
感情は…
アタシの心は、頑なに闇を恐れる。
闇を恐れるのだ───…
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