0人が本棚に入れています
本棚に追加
北海道:札幌~ススキノ4~
頑なに闇を恐れる人───
この世界で最後かもしれない人…アタシだ。
人間ってのは、どうもこういうものらしい、と納得しつつも釈然としない思いを抱えて、しばらくじっとする。
光を灯したことで何らかの変化が起こらないか見極めたいのだ。
……
…
静まり返った室内。
外では風が出始めたのかヒュルヒュルと風切りの音が微かに聞こえる。
密閉が成された北海道建築では、その音が思ったよりも小さく響くもの。
実際に外に出ればもっと風を感じるのだろう…
……
…
静かな空間では、時折──ミシっという音…家鳴りがする。
音の原因は湿度や風などの影響で家の構造材が軋むものだという。
それでも、何かが潜んでいそうな、
そんな不安を感じさせる程度には気味の悪い物音だ。
だが、それが生物の立てる音でないと知っているだけに…安心と不安の両方を覚えてしまう。
一つは害なすものがいないという事。
もう一つは…生物のカテゴリー以外の未知の存在を感じてしまうことだ。
有体に言えば幽霊などの類なわけだが…
お陰様でこの死体だらけの街にあってもそんなものに出くわしたことは無い。
まぁ…いればさぞ壮観なのだろう。
札幌───百万都市だ。
幽霊百万、亡霊百万、あとはなんぞや?
なんてね…
ここまで、生物に出会わないと幽霊くらい見たい…なんて考えることもあるのだろうか?
あいにく、アタシはその手の物に出くわしたい願望はない。
そんなものに出会うくらいなら一人を選ぶ。
だからこその今なわけであるが…
……
…
さて、
そろそろいいでしょ。
外も内も変化なし。
外からゾンビが襲ってくるでもなし…内に妖怪が現れるでもなし───
今日も今日とて今夜も一人…
アタシは寂しく飯にする~っと。
誰に拗ねることもできないので、無表情のまま飯の準備だ。
といっても、大したものができるわけでもなし。
カートに乗ったコンビニ食料を食べるのみ。
缶詰、カップ麺、あとはツマミくらいかな。
準備準備~っと。
鼻歌でも歌えば気分の腫れるのかもしれないが、寂しさと室内に反響する君の悪さが際立つので無言を貫くのみ。
デンと置くことのできる音楽プレイヤーもあるのだが、あいにくサイドカーに積みっぱなしだ。
スマホで聞けると言えば聞けるが、それは後で~だ。
まぁ現状は、生活雑貨のほぼすべてがなく…
この場に頼るしかない。
ゆえに、今夜の生活は、この事務所に品々を活用するわけです。
無銭飲食に、横領、侵入に占有と…色々やらかしてるが、まぁ大目に見てね。
警察さんが現れたら奥の部屋の弁護士先生に相談しましょ。
どっちも無口で動いてくれそうにないけどね…
はーやだやだ。
一人は寂しものねー…
ち~~っとも、不法を気にもしないで給湯室に入ると、食器にヤカンを拝借する。
お、割り箸めっけ~!
コンビニで持ってくるの忘れてたから助かるね。
あとはコップコップ~と。
コーヒーはあるかな?
ち…
コーヒーメーカー用のしかないか…紙のドリッパーとヤカンで何とか作れるかな?
とりあえず、貰っとこう。
給湯室にあった、ちょっとした品々を抱えて机に戻る。
コーヒーは少し古くなっていたが、未開封のパックもあるので、使えなくもないだろう。
問題は湯だが…
当然沸かしますよ?
室内でね。
こう…
ほれ、マグカップを並べれば簡単な五徳ができるわけですよ。
都会の事務所だ。あまりサバイバルに便利なものはないが、物は使いよう次第。
燃やすものも、た~っプリあるしね…
弁護士事務所だもん。
本はもとより、
六法全書に、各種封筒、名刺に…離婚調停書。
内容証明に、あー…お金もあるね。
紙には事欠かないな~。
やっぱり離婚調停書なんかはよく燃えるのだろうか?
やってみましようかねー。
どっかりと床に座り、マグカップを並べて即席の五徳とも竈ともつかないものを組み上げると、ヤカンを準備する。
そして、コンビニ食料から水のペットボトルを取り出し、少量だけヤカンに注ぎ一度蓋をして、シャカシャカと振る。
何をしてるかって?
埃とか、ゴミを払ってるんですよ~。
長い間誰も洗ってないからね。
蓋をしていたためそこまで埃が溜まっているわけじゃないけど、…まぁ気分の問題ってやつ。
っと、こんなもんかしらね。
ゴトリと竈の上にヤカンをおくと、下に離婚調停書やら、内容証明郵便を詰めていく。
かつてはこの書類作成に大金が支払われたんだろうなーと思うと感慨深い。
…って、高いんだよね、こういうの?
チラッと、トレンチコートを被った受けつけの彼女を見やるが、椅子の間からスラっとした白い骨を見せるだけで反応はない。
…あったら怖いわ。
まぁ、燃えてくれれば離婚だろうが、新婚だろうが何でもいい。
アタシのカップ麺の礎になってくれぃ。
そんな思いを込めてヤカンにコポコポと水を注ぐ。
並々といれたらあとは点火するのみ。
ふふふ…
実は火を起こすのが好きなんだよね。
サイドカーなんて乗ってこんな世界を回ろうとするくらいだ。
アタシはアウトドア派なんだよ。
そんな誰も聞いていない自己申告をしつつ、種類に点火する。
オイル式の高級ライターは無駄に火付きが良い。
高級なそれ…ジッポライターをカチンと心地よい音を立てて、蓋を開けると───燧石を擦れば芯に青い炎がともった。
それを傾けて、書類に近づけると───…
チリチリチリ…
パチン…
……
紙がクシャクシャっと丸まり、火が文字を一色に染めていく。
そして小さく脆くボロボロになって赤い火を上へ横へと広げていった。
「おーよく燃えるわ」
紙が燃える独特のいい匂いがする。
人によっては不快に感じる人もいるのだろうが…アタシは結構好きな匂い。
何よりも火───
火だ。
火はいい。
ものすごくいい。
ライトの明かりも悪くはないのだが…
火の明かりはすごく落ち着く。
室内の焚火なんて危険極まりないのだが、都会の建物は何年素材の建築が多く、よほどのことでもなければ早々火が燃え広がることは無い。
彼もそれを理解しているので、火種となる者だけを避けて、床で直火だ。
タイルを敷かれたソレはどうやっても火種にはなり得ないので安心とも言える。
これが…木造建築だったり古い建物だと、当然危険極まりないので、良い子も悪い子も真似はしない様に!
(良い子も悪い子もここ最近は、どっこにもいないけどね!)
独りぼっち突っ込みを心の中でしつつ、ドンドン紙を焼ていく。
木や炭と違ってすぐに燃えるため、燃料としては消費が激しく、長持ちしないからだ。
これを長持ちさせるコツは、火に触れる面積をなるべく狭くしてやること。
ペラペラのままだと、火に触れた所からあっという間に燃え尽きてしまうため、少しでも触れにくくするのだ。
具体的には…捩じったり、束ねたりして、内側の部分が火に触れにくくすれば多少燃焼時間が延びるわけ───
紙が大量にあって出来る話だけどね。
そしてここにはたくさんある。
ある程度火が落ち着いてくれば、…六法全書を焼てやった…
あはは…小難しいことが書いてあるだけあって中々燃えないものだ。
余りに分厚く、ぎっしりと詰まっているため本当に火が付きにくい。
ある程度、火を落ち着かせていなければ、置いた瞬間に熾火が潰されて消えてしまったかもしれない。
まぁ、消えてもすぐつければいいこと。
別に、無人島で木の棒一本で火を起こしているわけじゃないしね。
さて、
イイ感じに焚火っぽくなってきた。
ヤカンからも湯気が上がり始めている。
マグカップを並べて竈にしているため熱の伝導率もなかなかいいみたいだ。
あまりやり過ぎると割れて危険だが、この程度なら大丈夫。
大分温度の上がってきたヤカンをみて、蓋を取ると食料加護からレトルトのご飯を一つ取り出し、軽く埃を拭ってから湯の中に投入。
そして再び蓋をする。
そうすればご飯とお湯の両方が作れるわけだ。
キチャナイ?
気にするなし…アタシは気にしない。
湯が沸騰するのをウキウキしながら待つ。
暗闇の中の行動で神経をすり減らしたため、腹の空き具合は異常なほどだ。
こんな世界になっても、腹は減る。
当たり前だ。
グツグツという音を聞きながら、もうしばらく待つ。
空腹は時間経過を遅くする。
早くに火からあければ、ご飯の湯煎は中途半端になるだろう。
ここは我慢我慢!
湯が沸き、ご飯パックが茹で上がるのを待ちながら天井を見上げると、火の照り返しがユラユラと揺れておりまるで水の中にいるようにも見える。
煙が滞留しているのか、まるで雲の様にうっすらと広がっていた。
北海道建築ゆえ、やはり密閉率が高く、煙の逃げ場が少ないのだ。
やり過ぎれば窒息の危険があるが、そこは時々換気すればいいだろう。
事務所が覆いつくされるほどの煙も早々出るものじゃない。
飯の分の火と、その後の火遊びくらいなら大丈夫。
さぁ…
湯が沸けば、ディナーと行こうじゃないの。
グラグラ、クツクツと小気味よい音を立てるヤカンを火から外すと、フワァとヤカンの口から水蒸気が噴き出し手にかかる。
「アチャチャチャ!」
思わずヤカンを放り投げそうになるが、我慢して、床に軟着陸。
「おーあっちぃ…」
フーフーと手に息を吹きかけ冷やしてやる。
幸い火傷するほどでもない。しばらく我慢すれば、熱さにやられた皮膚も落ち着くだろう。
さて…できたかな?
火傷しかけた指を気にしながら、ヤカンの蓋を開けてご飯パックを上げる。
「あちちちちちち……」
ポタポタと熱湯を滴らせながら湯から持ち上げたご飯パックは程よく柔らかくなっているのが見て取れた。
これなら問題ないだろう。
いったんご飯を床におくと、次に湯をカップ麺に注ぐ。
メニューはカップ麺シリーズおなじみの青い奴だ。それのKINGサイズというもの。
う~む、デッカイ!
そこにお湯を並々と注いでいく。
ゴボゴボブチュっと、乾麺に隙間に潜り込んでいくお湯を見守りながら、鼻をヒクヒクと動かす。
…う~む、堪らない!
その匂いに食欲を刺激され、ゴクリと喉が鳴る。
いいね! と、人知れず心の中でガッツポーズを決めると、ヤカンに水を足し再び火にかけた。
今度は、飲料を作るわけだ。
給湯室で見つけたコーヒーの豆を挽いた奴を紙のフィルターに包んで直接ヤカンにぶち込んだ。
こうすれば、イイ感じに出来上がる───…だろう。
あとは、オカズを一品とね。
食料カゴからさらにもう一品とばかりに取り出したるは───肉の大和煮缶だ。
それをプルタップを引き、中身を解放!
しょうゆベースの臭いが鼻を突き食欲を刺激する。
中身は煮凝り状になった煮汁と、真っ茶色の肉が鎮座している。
うまそうっ!
…だが、そのまま食しては面白くない。
十分旨いのだが、せっかく火を起こしているのだ。温めようじゃないの!
最初のコメントを投稿しよう!