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桜の木の下には
小さい頃からさくらが好きでした。
ちっちゃくて、手のひらに収まるサイズとか、色がけばけばしてないとことか。
でも本当は、散ってしまった後のさくらの木の方が好きなんです。
花びらが一枚一枚落ちていって、全部なくなってしまった後のあの、段々他のものと大差なくなっていく木が。
だから私、卒業式とか入学式とかあんまり好きじゃなくて……
「なので、ごめんなさい」
中三の卒業式、同級生の篠崎木乃花に告白し、あっけなく振られた苦い思い出が蘇る。
何故今頃思い出したのか。
「坂口君のこと、嫌いなわけじゃないです」
やはり、さくらか。
さくらが、思い出させたのか。
「でも、お友達のままでいるのが」
懐かしい。
旧校舎の一番端っこにある美術室の前の廊下に書かれた、なんの意味ももたない落書きも、校門を入ってすぐにある、よく分からないオブジェも、俺達が入学してきた頃から、ずっと封鎖されていた第三理科室も、ぜんぶ、全部。
「この関係を、壊したくないの。」
思い返せば、俺達の間には不明確なところが多かった。
ズームしすぎてピンぼけした写真みたいに。
「ごめんなさい」
三階の窓から、昼が夜にバトンタッチする様子が見える。
太陽がオレンジに燃え、地平線に沈んでゆく。
最後の大勝負。
「ごめんなさい」
さっきから、篠崎木乃花に言われた「ごめんなさい」が繰り返されている。
あいつとの思い出は、あの告白だけじゃないのに。違うのに。
「ごめんなさい」
猫が鳴いている。
にゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃー
うるさい、うるさいうるさい。
「ごめんなさい」
校庭の、一番大きなさくらの木の下に埋めた。
俺達の少ない思い出。
今、俺はそこに立っている。
「ごめんなさい」
掘って掘って掘って、見えなくなるまで土を、かぶせてかぶせてかぶせて。
馬鹿みたいに繰り返した。
俺達の少ない思い出。
あまりにも少なくて、埋めるものもなかったはずの思い出。
「ごめんなさい」
桜の木の下には
桜の木の下には、
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