さくらねことの出会い

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さくらねことの出会い

 はじめのうちは、家の近くによく猫さんがいるな、というような認識でした。  頻繁に姿をみるようになってから、隣のお家の方が、お外に暮らす猫さんたちにフードをこまめにあげていることに気付いたのです。  おや。  と思ってよく観察してみると、片耳がカットされています。  左耳の先でした。  不思議に思ってネットで調べてみたところ――  野良猫を減らすための取り組みとして、外暮らしの猫を捕獲し、不妊・去勢手術をしたのち、元居た場所に放し、その後は地域で猫さんを見守っていく、というものが、私の住む地区では行われていたようです。  これは地域猫活動の基本で「TNR」とも呼ばれているようです。(「TNR」のTはTRAP(捕まえる)、NはNEUTER(不妊・去勢手術)、そしてRはRETURN(元の場所に戻す)を略したものです)  猫は大変に繁殖力が強く、そのままにしておくと数が増えてしまい、ごみをあさったり糞尿被害など、地域住民とのトラブルに繋がることが多々あるようです。  そのために行政が主体となり、保護猫活動に協賛してくれる動物病院と足並みをそろえ、一斉に野良猫たちに「TNR」を行ったのです。TNRを受けている猫の証拠としてメス猫は左耳を、オス猫は右耳の先をカットして、目印としています。それが桜の花びらの形に似ているので「さくらねこ」。  我が家の庭にちょこちょこ姿を現す地域猫も、そうした一匹でした。  猫が大好きな私は、何とか猫さんと仲良くなりたいと、接触を試みました。  しかし。  その猫さんは、野良猫です。  人には全く慣れていません。  フードをあげようと思っても、シャーシャーと威嚇されるばかりで、取りつく島もありませんでした。  きっと私が恐いんだろうと思い、フードだけを残してそっと姿を隠すと、辺りに鋭い眼光を向け、警戒を露わにしながらようやく口をつける……という感じで、警戒心Maxです。  それでも「近くに猫さんがいる」というだけで幸せな私は、機会をとらえては猫缶を貢いでいました。  その内にそのさくらねこさんは、だんだん私の存在に慣れてきたのか、決まった場所でびしっと座って、私がフードを前に置くのを待ってくれるようになってきたのです。  もちろん、置くときにはシャーシャーと威嚇をするのですが、私が見守る前で「ちっ、仕方がないな……」と鋭い眼光をこちらに向けながらも、食べてくれるまでに関係が進展したのです。  天にも昇る心地でした。  そのことを母に報告すると――  意外なことに、母はわざわざ外に猫さんを見にきて、行儀よく座っている姿に感銘を受けたのか、「これも猫さんにあげたら?」と鰹節をだしてくれたのです。  母が、猫の存在を許した瞬間でした。  そこから、さくら耳の地域猫さん(メス猫です)は我が家をホーム認定してくれたのか、お隣のお家とうちを行ったり来たりして過ごすようになりました。  この地域猫さんはとても律儀な性格で、いつもきちんと正座状態でフードを待ってくれています。  シャーシャーと威嚇はしますが控えめな性格で、とても賢い子です。  できれば我が家に招き入れて、家猫として飼いたい……という切なる想いはあったのです。ですが、家に入ってこようとせず、一度玄関から上げたところ大パニックになってしまい、大暴れをしてしまいました。  痛恨のミスです。  それから警戒して、全く玄関に寄り付かなくなってしまいました。    聞いたところ、「TNR」で捕獲された時に家猫に向く性格の猫は、動物保護センターで飼い主募集をするが、生粋の野良猫で人馴れが望めない子は、元の地域に戻されている可能性が高い、とのことでした。  一度外で気ままに生きることを覚えてしまうと、家の中で暮らすのは難しいようです。    ですがこの地域猫との出会いが――  奇跡的に母の猫嫌いを治し、猫好きへと進化する偉大な転換点となったのです。  それを思うと、感謝してもしきれないほどです。    
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