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「ママ、今どこ? 抹茶ロール買えた?」
携帯から一人娘の真美の不安げな声が聞こえた。わたしは電車を降りて新大阪駅の構内を急いでいたのだが、すぐに静かな場所に移動した。
「今から新幹線に乗るところ。抹茶ロールはちゃんと買えたよ」
「ありがとう! 東京じゃ買えないんだから。パパもね、急いで会社から帰ってくるって!」
真美の興奮した声に、わたしの頬は少し緩んだ。
「楽しみに待っててね」
「ママ? なんか鼻声? 平気?」
真美は敏感に何かを察知したようだ。
「平気よ」
「ほんと?」
わたしは優しく諭すように言った。
「真美、一度しかない高校生活を、一生懸命生きなさい。友達も、勉強も、部活も、そして恋も……」
「やだ。ママ、どうしたの? 急にへんなこと言って……」
電話の向こうできょとんとしている真美の顔が目に浮かんだ。ちらりと電光掲示板を見上げると、新幹線の出発時刻が迫っていた。
「時間がないの。続きは家に帰ってからゆっくり話すわ。じゃあね」と言ってわたしは電話を切った。
わたしは腕に持った緑色の袋に視線を落とした。三十年の時を経て、この抹茶ロールはメディアで取り上げられるほど有名になっていた。雑誌の特集記事には、現在は息子に代替わりしているが、元々は夫婦二人で細々と始めた店だと書いてあり、白髪の目立つ眼鏡をかけた男性と、柔和な笑顔の女性の写真が掲載されていた。
さあ、何から話そうか……。
フォークを片手に身を乗り出して耳を傾ける真美の様子を想像して、わたしは思わず目を細めた。
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