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第13話 欲しいものなんて決まっている
「本当に、何も知らないんだな」
勇也達がホークギャザードに帰ると、空護は再び敏久に問い詰められた。強面の敏久が、空護をぎっと睨みつける。
「…オレから言えることはありません」
別の任務から帰ってきた清美と昌義も見守る中、空護はいつもと変わらぬ様子で、言葉を返す。
「それに、もうすぐ答えがやってきますよ」
まるで示し合わせたかのように、ホークギャザードの事務室の扉が開いた。
「どうも、お久しぶりです。もしくは初めまして。お忙しいとは思いますが、少々お時間をいただいても?」
そこにはあからさまに作った笑顔を張り付けた、飯田龍介がいた。
めったに来客の来ないホークギャザードは慌てて机を動かし、話し合いの場を作る。そして龍介のために勇也はインスタントコーヒーを入れた。
「ああ、これはどうもご丁寧にありがとうございます」
「あはは、といってもインスタントなんですけど、いいですか?」
「問題ありません。私、コーヒーは好きですがこだわりはないので」
龍介はふうふうとコーヒーを冷ますと控えめに口をつけた。
「では、本題に入りましょう。みなさんは、『ドラゴンの天災』はご存知ですか?」
「300年前に起きた事件だろ。空飛ぶドラゴンが人々の町を襲い、多くの死者が出た。ドラゴンの正体はトカゲが進化したものと言われているが、ドラゴンを倒した結果、真実は闇の中ってな」
龍介の問いに、真っ先に言葉を返したのは敏久だった。
「ええ、そうです。世間にはそう伝えられています。国民をむやみに脅かすわけにもいきませんからね」
「含みのある言い方だな。まるで、ドラゴンは未だ生きているようじゃねえか」
敏久の言い方は尋ねるようだったが、その表情は確信めいている。
「ええ、そうです。当時の人間ではそのドラゴンを倒すことはできなかった。せいぜい、ドラゴンを疲弊させる程度だったのです。疲れたドラゴンは長い眠りについた。倒しきれなかった人間は、己の技術を磨き、ドラゴンを倒すためのすべを探しました。その組織こそが、今の鷲巣研究所なのです」
龍介は再び、コーヒーをすする。勇也はなんとなく不安になって、空護の方を見る。空護はただ、うつむいているだけだった。
「ドラゴンが生きている証拠は?」
「それはこちらをご覧ください」
そういうと龍介は懐からタブレットを取り出した。それを操作してから、敏久に見せる。
そこには、豪快な寝息を立てるトカゲのような巨大な何かがいた。
「超小型カメラで撮影した現在のドラゴンです。必要とあらばもっと詳細な資料をお持ちしますが」
「いや、いらねえよ。ハンターとしての勘が告げてる。こいつは生きてるってな。にしてもドラゴンとはな。想像以上にスケールの大きい話じゃねえか」
「事実は小説より奇なり、というでしょう。元は小さなトカゲだったのでしょう。不幸にも数多くの危機にさらされ、超進化を何度も繰り返した。そうして、体は大きくなり翼を得るに至った。ビーストの想像力は侮れませんね」
「想像力、ですか?」
龍介の言葉に、勇也は思わず反応してしまう。
「ええ、想像力です。彼らは、知能を代償に想像力を得た。そして、その想像を信じることが出来た。君にも覚えがありませんか?子供の頃はなんにでもなれるような万能感があったでしょう?でも、知識を得る度にそれは失われていく。空想することはできても、それを信じることはできなくなります。ですが、ビーストは違います。彼らは知能を失くした。故に、想像を心から信じることができるのです。信じる心と危機的状況によるストレス、これらが合わさって超進化が可能となるのです」
「つまりドラゴンは、トカゲの夢の果てということですか」
「ふふ、随分ロマンチィックな言い方をするんですね。私はそう考えています。そして、そのドラゴンはもうすぐ目覚めようとしています。そのために清水さん、君の力を借りたいのです」
「え、オレですか?」
「はい。君は先ほどトカゲのビーストを倒しましたよね。あれは、我々が作ったビーストなのです」
「作った…?」
「あのビーストの皮膚は、ドラゴンと同じくらいの強度を持っています。300年前ドラゴンを倒しきれなかったのは、ドラゴンの皮膚の強度にありました。どんなに攻撃しても、あのドラゴンに傷1つつけることはできませんでした。私たちは、ドラゴンの強度に勝るヴァルフェを作らなければならなかった。それはなんとか作ることはできましたが、莫大なマナが必要なため、使える人がいなかったのです。…君が現れるまではね」
「それって、これのことですか?」
そういうと勇也はブレイクアックスを取り出し、机の上に置いた。
「そう、それです。君はそれを使いこなし、我々が作ったビーストも倒すことができました。故に、ドラゴンの討伐に力をお借りしたいのです」
「え、えっと…」
勇也は声を詰まらせる。龍介の説明は分かりやすかった。でも、頭では分かっていても心が追いつかない。
「あたしの後輩をそんな危険な任務にいかせるわけないでしょ。勝算はあるの?」
そこに口を出したのは清美だった。清美は気に喰わないと言わんばかりに龍介を睨みつけている。
「正直な話、清水さんがいて初めて『勝算が0ではない』といえる状態です。ドラゴンはその硬さだけではなく、翼による機動力や体の大きさやパワーも問題ですからね。ですがその勝算を上げる手段はあります。NO.95、こちらへ」
「はい」
まるで置物のように静かにしていた空護が、龍介の言葉で動く。そうして龍介の傍らに立った。
「彼こそが、私のもう一つの切り札。NO.95、ローブを取りなさい」
「はい」
龍介の命令で、空護はローブをとる。そして、空護の整った美しい顔、その上に黒い毛をまとった犬のような耳が現れる。
「彼はオオカミ種NO.95。オオカミのビーストの遺伝子を組み込み、我々人間とは比べるのもおこがましいほどの身体能力、イヌにも匹敵するほどの聴力・嗅覚を有した、私の最高傑作です」
龍介は自慢げににやりと笑ったが、空護は感情を押し殺したような無表情だった。
一方、清美は空護の姿に目を見開いた。その手のひらは硬く握られ、怒りを表すようにわなわなと震えている。
「何で、何であんたが獣人なのよ!」
清美は勢いよく立ち上がり、空護を睨みつけた。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「あんたが、10年前の犯人だとでもいうの…」
清美は極端な人間である。好きな人には優しいが、嫌いな人間はとことん嫌い。そんな彼女だからこそ、自分の後輩である勇也の家族を殺した存在が許せなかった。
「いいえ、NO.95ではありません。それはNO.86が起こした事件です」
龍介はちらりと勇也をみた。
「口止めはしてませんでしたからねぇ。欠片だけ知られても面倒なので、ここで説明しましょう。鷲巣研究所では、ドラゴンを討伐するための強い人間を作ろうとしました。その結果が貴女のいう獣人です。我々はビースターと呼んでますので以後その名称を使わせていただきますね。人間にビーストの遺伝子を組み込み、身体能力を高める。手始めに一番遺伝子の似ているサルでやっていたそうですが、初めのうちは生まれることすらできなかったそうですよ。何百回と繰り返し何とか生命体を作り出すことが出来たそうです。安定して生命を生み出せるようになった頃、次の段階として生きている個体に更に強化実験を行うようになりました。そこで私は、よりビーストの力が出せないか試行錯誤してました。その過程で、10年前の事件が起きました。NO.86が暴走し研究所を脱走、通行人を惨殺。NO.86は速やかに処分しましたが、世間に公表するわけにも行かず、うやむやにしたというわけです」
話の重たさに、皆が口を開けなかった。彼女を除いて。
「なによ、それ。実験したら暴走したので、処分しましたって?どう考えたってあんたが悪いんじゃない。自分の失敗をうやむやにしてんじゃないわよ!」
「そうですね、事の発端は私といえるでしょう。でも、それでもやっぱりうやむやにするしかないんですよね。そうじゃないと、NO.86の死を生かせない。それに、この実験は国公認なんです。公にするわけにはいかない。ご理解いただけますか?」
清美はばっと敏久をみた。敏久は諦めたように首を振る。清美は静かに席に着いた。
「ご理解いただきありがとうございます。それで清水さん。君はドラゴンの討伐に力を貸してくれますか」
勇也の心の中は、怒りで震えていた。こいつが元凶だ。自分の家族を殺した諸悪の根源だ。今すぐぶん殴ってしまいたいのを必死にこらえて、勇也は尋ねる。
「一つ聞きたいんですけど、オレが断ったら先輩はどうするんですか?」
「君の返答に関わらず、NO.95の参戦は確定です。彼はそのために生まれ、生きてきたのですから」
龍介の返答を聞いて、勇也の心は決まらないわけがなかった。
「なら、やります」
ドラゴンの脅威がどれほどのものなのか、勇也に実感できているわけではない。かつて多くの町を襲い、数えきれないほどの人を殺し、天災と呼ばれるような存在。その強さがどれほどのものなのか、勇也には想像がつかない。
それでも、自分にしかできないことがあるのなら、多くの人達を護れるのなら戦いたいと思う。なにより、空護が一緒にいてくれるなら、いくらでも強くなれる気がした。
「ありがとうございます。清水さんにそういってもらえてよかったです」
「待って、大神も清水も行くなら、あたしも行くわ」
そこですかさず口をはさんだのは、清美だった。
「ええ、もちろん大歓迎です。できるなら、ホークギャザードの皆さんにご協力いただけた方が勝率が上がりますからね」
「相変わらず食えねえ野郎だ。うちの若いのが行くとなれば、俺達が行かないわけにはいかねえ。付き合ってくれるよな、昌義」
「もちろん。若い芽を護るのが、大人の役目ですから」
ホークギャザードの面々がドラゴン討伐に乗り気な中、空護が口を開いた。
「ふざけんなよ、あんた一番大事なこと言ってねえじゃねえか」
空護は龍介の胸倉をつかみ、琥珀色の瞳でぎろりと龍介を睨みつける。
「おやおや、今日のNO.95は随分と不機嫌ですねえ。では、貴方が言えばいいじゃないですか。私は言いたくないのでね」
「ちっ」
空護は龍介を掴んでいた手を乱雑に離した。
「こんな戦いにあんた達は参戦すべきじゃないっす。殺せる手段があったって、勝率は1%もない、そんな戦いなんですから」
「でも、先輩は戦うんでしょ」
空護の言葉にいち早く返したのは勇也だった。
「オレはそのために生まれたんだ。戦わないなんてありえない。だいたい、ドラゴンを倒せるヴァルフェを持ってるからって、調子乗ってんじゃねえよ。その理論が通るなら、お前はオレを殺せるってことだろ。でも、現実はそうじゃねえ」
空護はそこで言葉を切り、大きく息を吐いた。
「オレはあんたたちの参戦を認めねえ。命を懸けるのは、オレ1人で充分だ」
琥珀色の瞳には、これ以上ないほどの拒絶の色が浮かんでいる。
「その場合、ドラゴンはどう倒すんだ?」
空護の拒絶に対し、敏久は努めて冷静に問う。
「オレがドラゴンの翼を切ります。オレのヴァルフェでも、翼くらいならきれるので。そして地面に叩きつけられる瞬間を狙って、研究所からマナ砲を打ちます。…山奥なので人家に被害は出ませんが、その山は吹きとびます。加えて近隣の山にも被害が行きます。自然保護が重視される中、隠しきれないほどの自然破壊が避けられないので、飯田はこの方法を選びたくないんです。でも、皆で行って全滅したら、同じことになるんです。なら、最初から行くのは、オレ1人でいい」
空護はぎりぎりと拳を握りしめる。
「でも、大神君はどうなるの?」
昌義が心配そうに空護を見つめる。空護はいたたまれなかったのか、少し目をそらした。
「マナ砲に巻き込まれて、死ぬでしょうね」
「ばっかじゃないの。あんた1人犠牲にしてドラゴンを倒せたって、あたしたちが喜ぶわけないじゃない」
「そんなこと、分かってますよ。この話をすれば、自身の危険を顧みず力を貸してくれるような、そういう優しい人達だって、分かってます。でも、そういうあなた達だから、巻き込みたくないんです。…死なせたくないんです」
大切だから一緒に戦いたい勇也達と、大切だから1人で戦いたい空護、気持ちは同じはずなのに、出した答えは正反対だった。
敏久は困ったように頭を掻いた。
「飯田っつったか。決定権は誰にあんだ?」
「個々人です。私は協力してくださる方を拒みませんし、無理に強要することもありません」
「…そうか。大神、残念ながらお前の反対は意味がないらしい」
空護は悔し気に唇を噛んだ。納得がいかないと言わんばかりに、勇也達を睨んでいる。
「でもな、皆で戦うっていうときに、心がそろっていなきゃ勝てるもんも勝てまいよ。だから、清水と腹割って話して来い」
敏久は隣に座っていた勇也の肩をポンと叩いた。空護はじっと勇也を見つめる。
「お前さんは、こいつが一等大事だもんな」
敏久は空護にむかってにかりと笑った。
「べ、別にそんなんじゃないっす!」
敏久の言葉に、空護は顔を赤らめて否定する。しかし、その慌てっぷりが敏久の言葉への肯定になっている。
「はは、照れなさんな。大事なやつが危険な戦場に行くとなりゃ、そりゃ何が何でも止めたくなるよな。でもな、それは相手にだって同じことが言える。俺達だって、お前が大事だからな。お前が生き残れる可能性があるなら、一緒に戦いたいんだよ」
「でも、オレはそんなこと望んだことはありません」
敏久の言葉を、空護はすぐさま否定した。そのまっすぐな瞳に、敏久は困ったようなふうに笑った。
―――そうだよなぁ。お前はそういう風に生きてきたんだもんな
いつだって自分のことはないがしろにして、皆が悲しまないように人と距離を置いて、いつ死んでもいいようにしていたことを、敏久は知っていた。…ホークギャザードで唯一、空護が実験体であることを知っていたからだ。
故に不自然なローブも咎めなかったし、研究所が何か隠していることも気が付いていた。流石に、その隠し事がドラゴンとは思わなかったが。
きっと空護は、必ずくる終わりの日を見て、そのためだけに今まで生きてきた。そんな空護をこのまま死なせたくなかった。
「でもな、そういうお前だからこそ、まっとうに生きて、それで死にたくないって思って欲しいんだよ。人生の先輩からのお節介っていうやつだ。とういうわけで、清水」
敏久は勇也に視線を移す。
「お前は、大神を何としても説得しろ。どんな手段を使っても構わん。安心しろ、あいつはお前に甘い」
「お任せください!必ずや先輩を説得します!」
敏久の言葉に、勇也は目を輝かせてうなずいた。
「…話し合いはします。でも、オレは貴方たちに戦ってほしくないっていうのは変わりません。あと、そいつに関しては、だ、大事だから、というわけじゃなくて、その…、あ、足手まといだからっていう理由なんで、そこは勘違いしないでほしいです」
空護は顔をほてらせたまま、早口で言う。しかも焦っているせいか、何度も噛んでいた。
空護の様子に、清美は口元に手を当て、にやにやと笑う。
「ふ~ん、なるほどねえ。大神も可愛いとこあんじゃない」
気がつけば、先ほどまでの緊迫感は消え、微笑ましい空気が流れていた。
暖かいまなざしにさらされているのが耐えられなくなったのか、空護はローブをかぶる。
「こらこら、あまりからかっちゃだめだよ」
昌義は一応諫めるが、所詮口先だけのものなのであまり意味がない。勇也もにこにこと満面の笑みを浮かべている。
「言い出したのはおれだが、まさかここまでとはな。まあいい、何かあれば呼ぶから、お前らは寮に戻って話しあってこい」
「はい」
「…はい」
浮かれている勇也と、恥ずかしさで小さくなっている空護はそろって部屋を出ていく。静かに扉が閉まると、部屋の空気が引き締まった。
「さあて、俺達大人は作戦会議と行こうじゃねえか」
そういう敏久の顔は、悪ガキのように笑っていた。
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