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おやすみの存在証明
「おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
僕たちは短く言葉を交わし、背を向け合った。簡単で当たり前な挨拶は、僕たちにとっては睡眠導入剤であり精神安定剤でもあった。
秋は嫌いだ。冷えた空気は不意に身も心も震え上がらせる。そして何より、夜が長くなりはじめる。
僕たちにとって、ひとりで過ごす夜ほど恐ろしいものはなかった。夜は心の奥に隠した柔らかい部分をかき混ぜる。巻きあげられた記憶たちは頭の中を駆け巡り、気管に蓋をするのだ。苦しくて苦しくて、眠れない夜を何度重ねても好転することはなく、むしろ悪くなるばかりだった。
おやすみと伝えることができる。背中に触れる空気が温かい。ベッドが自分以外の存在に軋んでいる。たったそれだけのことで僕たちは闇の中でも息ができるようになった。
僕たちの間で交わされる言葉はただひとつ。確かにここにいるのだと主張する「おやすみ」だけだ。
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