カナヅチ人魚姫

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カナヅチ人魚姫

 苦しい、苦しい。水の中にいるみたいだ。人であふれた交差点に飲まれ、その多くは珊瑚礁みたいな灰色のビルに吸い込まれていく。大きく深呼吸をしても、ビルと同じ灰色の空気が入り込んでかえって苦しくなる。  よどんだ町を切り裂くように、見慣れた背中がすいすい進んでいくのが見えた。幼なじみの俊くんだ。最近は忙しいみたいで全然会えてないけど、一限のある日はこうして一方的に眺めることができる。  俊くんはいつだってあたしの先にいた。俊くんがクロールだとしたらあたしはカナヅチで、前に進んだり戻ったりしながら醜くもがいてるみたいで。  今まではずっと先にいてもあたしを心配して戻ってきてくれてた。でも、そんな関係がずっと続くわけもなくて。  ひとりでも頑張れるようにならなきゃ。分かってる。でもね、あたし、知らないの。心配してもらう以外で、俊くんの気を引く方法を。
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