君の世界、僕の世界

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君の世界、僕の世界

 もうこんな時間だ。まさか委員会の仕事にこんなに手間取ることになるなんて。外はもうすっかり日が落ちて暗くなっている。真っ直ぐに帰りたいところだが、教室に荷物を取りに戻らなければならない。  早足で教室に入ると思いがけず人影があった。驚いて小さく声を上げてしまう。影は振り返る。 「あっ、ごめんね! 驚かせちゃったね?」 「ああ、大丈夫……。澤谷さんだったのか」  黒く長い髪が印象的な彼女はクラスメイトの澤谷さん。どうやら絶対音感があるらしく人気者だがどこか一線を引いているような、不思議な人だった。あまり話したことはないが、いつも比較的早く帰る彼女が下校時刻間際まで残っていることに興味がわいてしまった。 「僕はさっきまで委員会だったんだけど、澤谷さんは何してたの?」  少し考え込むように間を置いて答える。 「音をね、見てたの」 「え?」  僕は意味が分からなかった。その反応を見越していたように澤谷さんは柔らかくほほ笑み、続けた。 「うん。私、音に色がついて見えるの。ドは深い赤、レは目が覚めるオレンジ、ミは光に溶け込む黄色、みたいに」  説明を聞いてもいまいちピンをこない。それでも彼女が嘘をついていないことと、彼女の見る世界が僕の見てるものとはずいぶん違うことは理解できた。  彼女はそんな僕にゆっくりと目線を合わせる。 「やっぱり、変かな?」 「いや、変じゃないよ。澤谷さんに見えてるものは分からないけど、でも、変じゃないと思う」  彼女は僕の言葉に少しだけ目を見開いて、へにゃりと笑った。 「ありがとう。そう言ってくれて嬉しい」  胸の奥がきゅっと締まる。そんな僕にはお構いなしに、楽しげにこう続けた。 「こうして静かな場所で耳を澄ましてるとね、虹がたくさん重なって。それがとっても綺麗で心が落ち着くの。だからたまに残ってるんだ」  見たことのない彼女の活き活きとした姿に、どうしても目が奪われてしまう。それでも心はどこか冷静ですっきりとしていた。 「そうなんだ。じゃあもしかして、邪魔しちゃった?」 「ううん。色のこと初めて他の人に話せたから、よかった。……帰ろう! さすがに怒られちゃう」  控えめな口調が突然明るくなり、大げさに鞄を持ち上げて見せる。そしてそそくさと教室の入り口へ向かう。  時計を見ると最終下校時間まで二分しかない。僕も急いで荷物をまとめ鞄を持ち、彼女のあとを追いかけた。
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