2人が本棚に入れています
本棚に追加
1
「J将軍、いまどこですか?」
K国の将軍様に、ニッポンの首相キシダから、衛生電話が入った。二国間の秘密のホットラインだ。
「ああ、いま兵器工場で、新しいミサイルの視察してる。なんの用?」
「ちょっと急ぎでね、また二三発、日本海近郊に撃ち込んで欲しいんですよ」
ニッポン政府はこれまで、政府の風向きが悪くなると、K国に電話でミサイル発射を頼んできたのだ。
政府の議員や大臣が、贈収賄事件などで世間をにぎわすと、不思議とK国からミサイルが飛んでくるのは、こうしたからくりだ。
政府批判に傾いていたニッポン市民も、ミサイルが撃ち込まれると、防衛力強化を掲げる政府を支持するので、こうしてことなきを得てきたのだ。
将軍様が思い出したように訊く。
「そーいえば、いまおたくの国、総選挙中だったね。ひょっとして、選挙に負けそうなの? あんた、総裁になったばっかだよね」
キシダは素直に認めたくなかったが、四の五の言ってられない。
「まあ……恥ずかしながら、そーなんだ」
「だから、前のアベのときに、独裁政権完成させときゃよかったんだよ! 憲法も改正してさ。ウチなんか楽なもんだよ。たまーに逃げ出す市民いるけど」
「ですよね。ぼくのキシダノートにも”目標独裁政権!”ってメモってありますよ」
「それとさ、キシダさん。うちも、ウーバーイーツじゃないんだから、電話一本でミサイルお願いってさ、たのんますよ」
「ええ、ですから、お電話するまえに、検討に検討を重ねて、やはり将軍様だと、こうなった次第です。なにぶん、明日、十月三十一日が投開票日なもので……」
「なるほど。それで、情勢が悪いんで、いつものように一発ってことですね。事情はわかりました」
将軍様はしばし考えこみ、口を開いた。
「わかりました。原油価格も高騰してるし、燃料代もバカになんないんですよ。でもって、急な依頼ってことで、特急料金ですよ」
「それはもう! ちかじか消費税を十九パーセントに上げるので、カネは余裕です! ニッポン国民には内緒ですよ」
「わかりました。じゃあ、いつものスイス銀行の口座に頼みます。入金確認できたら、すぐにポチっと撃っときますんで。二発の値段で三発。一発は、キシダ政権勝利の前祝いで、サービスしとくよ」
「助かります! では!」
およそ一時間後、入金を確かめた将軍様は、将軍室の金庫から発射ボタンを取り出し、赤いボタンをプッシュした。
ひと安心し、キシダは街頭演説を再開した。
「新しい資本主義は、このキシダノートにつづってきた、国民のみなさまの声に、成長と分配を——」
何本ものマイクを握りしめ、必死に声を張りあげるキシダに、秘書が慌てた顔で駆け寄った。
「そ、総理、将軍様から緊急電話です!」
最初のコメントを投稿しよう!