仁の居場所

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*****  両親はスリップしたトレーラーにぶつかられて、車ごと海に投げ出されてしまった。  あの時、私がぐずぐずしなければ。  あの時、私がお土産を買ってもらうよう言わなければ。  凛子はこの1年間、その罪悪感に潰されそうになる度に、とにかく指を動かして、頭の中を音符で埋め尽くした。入試の曲は美しく光が舞うドビュッシーから、ブラームスやベートーベンの重い曲に変更した。  仁が弾いていた曲も、ラフマニノフの前奏曲()に変わった。  それは金木犀の甘い香りと、あの日の叫び声をずっと纏っているようだった。  二人は音大の試験に合格した後、家から寮に移り住み、実家は空き家状態になった。  『不動産屋に相談して、売るか取り壊すかしようと思うの。凛子ちゃんたちが帰りたくなったら、うちに来ればいいのよ』  母方の祖父母は空き家になったことを知って、手続きを進めようとしている。電話口の優しい声に、凛子は唇を噛み締めた。仁がピアノを弾かなくなり、姿を消したのはその頃だった。  背中のリュックで、財布と仁からの便りと白餡のたい焼きが跳ねている。角を曲がると、吹き付けてきた風に、強烈な金木犀の香りが混じっていた。  凛子は数ヶ月ぶりに自宅の門を開け、ドアノブを引いた。    鍵は開いていた。
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