19人が本棚に入れています
本棚に追加
仁は口だけ笑っていた。息が詰まりそうな沈黙に押し潰されて、凛子は丸襟を引っ張った。
「ちょっとしたSOSだよ。助けてほしかった」
「……どういう、こと」
「家がなくなったら、帰ってくる場所がなくなっちゃう」
凛子は仁が皮肉っぽく笑っても、一緒に笑うことはできなかった。
「だって、体が見つかった訳じゃないのに。どこかで生きてるかもしれないのに」
「仁」
「いつか帰ってくるかもしれないじゃん。……けど、もう一人じゃ限界」
立ち尽くした仁の頬に涙がひと筋だけ伝う。凛子は溜め息を吐いて、リュックを下ろした。ふとあることを思い出して、リュックのファスナーを開ける。
「ほら、白餡のたい焼き。食べな」
「……買ってきてくれたんだ」
「たまたま買ってたのよ」
なんの脈絡もなく出てきたたい焼きは冷えていた。けれど、仁はそれを温め直すこともなく、立ったまま齧り付いた。
「仁とママは白餡派だったよね」
「……うん」
再び仁の瞳から涙が溢れる。
「……大学、編入する気なの?」
「うん」
「私を、支えようとか考えてるの?」
「…………」
暫く沈黙が続いた後、仁はたい焼きを食べ終えて、凛子をしっかりと見つめた。
「うん。俺、頭いいから。収入がいい仕事に就く」
「バカね」
凛子が困ったように笑うと、仁も歯を見せて笑った。
最初のコメントを投稿しよう!