仁と凛子

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 1dkの部屋はほとんど、ベッドとアップライトピアノに埋め尽くされている。玄関に置きっぱなしにしていたリュックから楽譜を取り出すと、角の小さなテーブルで麺を啜りながら、凛子は今日レッスンで指摘された箇所にピンクのマーカーを付けた。  目線を少し上げた所にはA3サイズのコルクボードを取り付けている。そこが凛子の小さな癒し空間だった。友達と撮った写真や、ドライフラワーの飾り。お気に入りのネックレスが3本。そして…… 「アンタ、一体どこにいるのよ」  月に一度ほど届くようになったポストカード。双子の弟の(じん)から届いたものだった。 〈今、タイにいます。大きな家に住んでるけど、阪道が急で登るの大変。でも眺めがいいから凛子にもいつか来てほしいな!〉 〈今、スイスにいます。八人兄弟の家でお世話になっています。王様の家みたいですごいよ〉 〈今、ケニアにいます。寺で子供たちと毎日踊っています。ここの音楽は躍動感に溢れてて楽しいよ!〉  凛子は「ばっかみたい」と呟いてスープを啜った。 「迷惑なのよ。ここにいないくせに、周りはアンタのことばかりで」  質素な夕食を終えると、マーカーを付けた楽譜を手に、再びピアノに向かう。総防音なだけが取り柄のアパートで、各部屋の明かりは遅くまでカーテン越しに漏れていた。
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