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仁の居場所
「おばちゃん、白と黒、一個ずつ」
「はいはい、いつも通りね」
大学の帰り道、凛子は買ったばかりのたい焼きを手に取った。自分では意識していなかったが、先に黒を食べてしまうのは、仁が白餡派だからだった。
郵便受けを開けると、また飽きもせずビラが数枚入っていた。その中に空色の封筒が紛れていた。見慣れた字に凛子の目が大きく開く。郵便受けの扉や他の紙類をそのままに、4階まで駆け上がった。
肩で大きく息をしながら部屋に入り、鞄と白餡のたい焼きを机に放り投げてベッドに座る。丁寧に糊を剥がすと、中からあの芳香がした。取り出した手紙と共に、やはりオレンジ色の小さな花がポロポロと溢れた。葉書でなく封書にしたのは、この為だったのかもしれない。
〈今、ティモールにいます。郊外は不便だけど、暑い中、自然を楽しんでいます。〉
「ティモール……って、どこだっけ」
凛子はスマホの地図を見た。場所を確認すると、小さなため息をついてポイと放った。
「親が遺してくれたお金、無駄に使うんじゃないわよ」
ばかみたい、といつものように呟いて、そのまま仰向けになった。
「今度はアメリカにでも行くのかしらね」
咽せるような金木犀の甘さ。
頭の中で鳴り響くラフマニノフの鐘の音。
「東南アジアにも金木犀ってあるのかな」
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