57人が本棚に入れています
本棚に追加
「あなたには関係ないでしょ」
言葉を尖らせて、この男を牽制する。
一刻も早く、この場所から引き離したかった。
無駄な会話はしたくない。
何も関与せずに、速やかに立ち去ってほしい。
そんな私の心情を理解していないこの男は、また何か話す素振りを見せている。
「関係ないかー、関係ないけど、困るんだよね」
見ず知らずの他人が、困るだって?
冗談を言うのも大概にしてほしい。
今初めて会った赤の他人に、私の気持ちの何がわかるって言うのか。迷惑なのは、こっちの方だ。
「困る? 私が死んで、あなたに迷惑がかかるんですか?」
まだまだ、私の反抗心が止まらない。
それほど、この機会に水を差した男の善意が、憎くて堪らなかった。
どこまでも尖っている私の言動に、男は苦笑いを浮かべている。
「いや、だって目の前で人が死なれたら、たまったもんじゃないでしょ。一生モノのトラウマ植えつけられるよ」
「じゃあ、見なかったことにしてください」
男の言葉を、飲み込むことなく打ち返す。
その食い気味な反応に、男はまた困り出した。
これだけ強気な姿勢を見せれば、男も引き下がってくれるだろう。
「見て見ぬフリはできないでしょ。それに、もう一つ理由があるんだ。ここで死なれたら困る理由が」
死亡予定時刻から、数分遅れを取っているこの瞬間に、吐き気を催してくる。
どうしてスムーズに死なせてくれないのか。
もうとっくに、生きる気力なんてないのに。
この男との会話を早く終わらせたくて、仕方なく言葉を返した。
「何なんですか、あなたが困る理由って」
私の疑問に、すぐ反応するかのように、人差し指を下に向けた。そのジェスチャーが何を意味しているのか、一瞬では判断がつかない。
このビルの下に、何かがあるとでも言いたいのか。
「このビルの一階に、俺のサロンがあるんだよね」
サロン? この汚い雑居ビルの中に、サロンが入っているなんて、相当場違いだろう。
確かに、裏路地にあるひっそりとした出入り口から侵入したから、表側のことはわからない。
表側は大通りに面しているはずだから、お店が入っていてもおかしくはないけど。
それでも、築何年かもわからないこのビルの中で、よくサロン経営なんてできるな。
どういう神経をしているのだろうか。
そもそもサロンとは、一体何のお店なのか。
この男の言っていることが、全く理解できない。
「あ、もしかしてサロンとか行ったことないか」
ポンと手を叩きながら、私の心の内を読み取る。
頭の中がこんがらがっているのが、表情だけでわかるみたいだ。
最初のコメントを投稿しよう!