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「まあ、そうだよね。君、制服着てる感じを見ると、高校生とかだよね? 高校生とかは、たまにしか来ないもんなー」
何で勝手に、話を進めているのか。
無理に付き合っているというのが的確なくらいに、この会話に温度差がある。
冷たくあしらっている私と、温かくて穏やかな表情のまま、ダラダラと話しているこの男。
あまりにも無駄な時間に思えて、溜息をついてしまった。
「はぁー、もういいですか?」
「良くないよ。だから、店の前で人が死んだりなんかしたら、気味悪がってお客さん来なくなるでしょ」
ああ言えばこう言う。
この不毛な議論を、いつまで続ければいいのか。
もう埒が明かないと判断した私は、渋々折れることにした。
「わかりました。じゃあ隣のビルに移るので、放っておいてください」
せっかく勇気を出して、柵の外に体を出せたのに。また一から振り出しか。
さっきよりも深い溜息をつきながら、柵の内側に戻ろうとする。
「じゃあ……」
柵を飛び越えて、安全地帯に足をつける。
足をつけたと同時に、この男が何か言いたそうにした。
死ぬ可能性がゼロになったこの現状への怒りから、その声の方に強い眼差しを向ける。
「何ですか、まだ何か言いたいんですか?」
「じゃあ……死ぬ前に、ひと休みしませんか?」
「……は?」
眉間に皺を寄せながら睨みつけていた目が、大きく見開いてしまった。鏡を見なくても、相当驚いた顔をしているのが自分でもわかる。
今から死のうとしている人に、ひと休みしませんか……なんて。
バカげている。
どう考えてもそんなもの不要だ。
またずるずると、死亡予定時刻を伸ばすだけだろう。
鼻で笑いながら、首を横に振る。
「え、ちょっと何するんですか!?」
首を横に振って、視線を男から外した瞬間。その一瞬を狙って、男が猛スピードで近づいてきた。
気づいた時にはもう、男の手が私の腕を掴んで離さない。
それくらいがっしりと、私の自由を奪われてしまっていた。
「いいから、時間あるでしょ? こっちに来て!」
カンカンと音を立てながら、非常階段を下っていく。
無理矢理引っ張られているけど、腕への痛みは感じない。
もはや怒りを通り越して、どうでも良くなった気がした。
最初は抵抗する素振りを見せたけど、私と対照的なこの男の前に、思わず屈してしまう。
「ここ、これが俺のサロン」
一階まで降りて、裏路地を抜けると大通りに出る。
雑居ビルの表側まで回ってみると、その古いビルには似合わないような、毛色の違う欧風なお店が現れた。
『フットリラクセーションサロン・イフ』
店の前の看板には、そう書かれている。
フットということは……足専門のサロンなのか?
口をポカンと開けながら、すりガラスの奥にある店内を覗いてしまう。
その様子を見ながら、男は私の背中を押して、扉を開けた。
「さ、入って。疲れたでしょ」
後押しする力が加わると、流れのまま店内に吸い込まれた。
何なんだ……どうせだったら、この後押しする力は、屋上で私が飛び降りようとする時に使ってほしかった。
どうして、私は未だに死んでいないのか。
それは紛れもなく、この男が死と真逆の世界に、誘ってくるからだろう。
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