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匠さんと、これまで積み重ねていった日々が、脳内にコマ送りで再生されていく。
最初に出会った時、見ず知らずの私の足を温めてくれた。
いつしか心まで温めてくれて、私も匠さんのようなセラピストになりたいって思えた。
それが生きる希望となって、私に生きたいって思わせてくれて……伏し目がちだった自分を変えてくれた。
死という恐怖を背負っているのに、私の前では明るくてポジティブで、何よりも楽しそうで。
堪らないほど……病気が憎くて仕方ないほど、私も匠さんが大好きなのに。
それなのに……これからの人生を、一緒に紡いでいけないなんて。
「その想いを栞さんにぶつけたら、きっと栞さんを悲しませてしまうから。だから匠は、好きという想いを言葉にしなかったの。本当は、心から栞さんを愛していたって……」
お母様は、匠さんにその話をされた時のことを思い出しているのか、涙声になって言葉に詰まっている。おそらく、私の目も真っ赤に充血しているはずだ。
匠さんがお母様に、そんな話をしていたなんて。
涙で視界がぼやける中、気がついたら私の想いもお母様に伝えていた。
「約束したんです。私がプロのセラピストになるまで、絶対に死なないって。だから、今日死ぬなんて、私絶対に許しません。まだ目標を達成していないのに、まだ匠さんの口から好きって言われていないのに、死んじゃうなんて……嫌です!」
お母様に告げても何にも変わらないのはわかっているけど、どうしても言葉にしたかった。
この声が神様に届くと信じて、廊下に響くような熱量のある声を出す。
力を込めるように握りしめた拳の上に、お母様はそっと手を重ねてくれる。
涙を指で拭いながら呼吸を整えていると、光っていた赤いランプが、カチッという音を立てて消灯した。
「先生! 匠は!?」
扉の奥からゆっくりと現れたドクターに、すぐさまお母様が駆け寄る。
マスクを取ったドクターの顔は、とても明朗としていて、その顔つきが手術の結果を物語っていた。
「安心して下さい、一命は取り留めました。直に目を覚ますでしょう」
その声を確かに聞き取ると、私はへたり込むようにして、一度立った椅子に腰を下ろした。
あまりにも莫大な緊迫感だったので、涙はすでに引っ込んでいる。
匠さんは、まだ死んでいない。
もしかしたら本当に終わってしまうかもしれないという不安が、散々私の胸を騒がせておいて、やっと通り過ぎていった。
この後も予断を許さない状況だということは知っているけど、今は命が繋がったことに対しての安堵感の方が強い。
手術室から匠さんがストレッチャーで運ばれてくると、そのタイミングで風太君も戻ってきた。
「兄貴、生きてたか」
病室まで運ばれている匠さんの横を並行して歩きながら、風太君は脱力した声で語りかける。
目を閉じている匠さんは、もちろん反応することがない。
私も病室までついて行って、匠さんが目を覚ますのを待たせてもらうことにした。
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