全力疾走

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 静かな病室では誰一人話そうとせず、三人共黙って匠さんの様子を見ていた。  いつ目を覚ますかわからない状態は、平静ではいられない。  時計の針がチクタクと動いている音だけを聞きながら、願うようにしてその時を待っている。 「匠!?」  停滞していた病室の空気を打ち破るように、お母様が声を上げた。  風太君も、薄目を開けた匠さんの顔に近づいて、名前を呼んでいる。  匠さんは全てを把握しているのか、二人の問いかけに対して、小刻みに頷きながら応えていた。 「バカ兄貴、死んだかと思ったじゃん」  風太君の兄弟愛が入り混じった文句で、匠さんは口元を緩ませた。  お母様は、泣きそうになっている風太君の背中を擦りながら、片方の手で匠さんの手を握っている。  家族の絆を感じると、私は匠さんに近づくことを躊躇してしまう。 「本当良かったわ。お父さんに電話しないと」 「親父、急いで駆けつけるって言ってたからな。もう大丈夫って伝えた方が良いよ」  お母様がスマホを片手に病室を出ようとすると、それに合わせて風太君も退出しようとしている。  ベッドから二歩ほど離れている私の前を横切ると、風太君が私に「あとはよろしく」と呟いたのが聞こえた。  再びシーンとした空間で、意識を取り戻したばっかりの匠さんが、私に話をかけようと試みている。 「し、おり……ちゃん」  口をパクパクさせて発している小さな声を、しっかり拾うように匠さんの傍へ近づいた。首をこちら側に向けて、私の名前を呼んでくれている。  お母様と同じように、私も匠さんの手を握りながら、ちゃんと聞こえていることが伝わるように首を縦に振った。 「し、しんぱい、かけて、ご……めんね」  匠さんが話しづらそうにしながら謝っているのを見て、目の奥がジーンとしてきた。  握っている手を額につけて、涙するのを堪える。  匠さんの手がピクッと動いたことに気がつくと、言葉にならないほどの生命力を感じ取れた。 「匠さん……死なないで。これからも、生きて……」  何とか振り絞るように出した言葉が、匠さんを困らせることはわかっている。  だけど、もしも今日死んでいたらと想像したら、その想いを口に出さないという我慢はできなかった。  目を細めながら、穏やかな表情で聞いてくれた匠さんは、途切れ途切れになりながらも返事をしてくれる。 「お、おれ、し、しおりちゃんが……すき、だ」 「……え?」 「し、しおりちゃんが、だいすき、だ」  私が包んでいる匠さんの手からは、熱を感じられた。  体全体から伝わる愛の言葉は、私の心臓を揺らしてくる。  匠さんが愛おしくて、離したくなくて、その表現の仕方がわからない私は、寝ている匠さんの胸にうずくまることしかできなかった。 「私だって……大好きなんだから」  匠さんの心臓の鼓動は、一定のスピードを保っていた。  匠さんが呼吸をする度に、私の顔も上下動される。  このまま朝を迎えてもいいくらいに、心が安らいでいった。  この愛が永遠じゃないなんて、どうしても認めたくないけど、認めなくてはいけないのか。  桜が咲く頃が、もうすぐそこに来ている。
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