57人が本棚に入れています
本棚に追加
勢いよくドアを開けると、重苦しい空気が病室内に蔓延していた。
匠さんが目を閉じているベッドの前には、白衣を着たドクターと、風太君がまんじりともせずに立っている。
二人の曇った顔が、突然入室してしまった私の方に向かれた。
「樺山……」
風太君の沈んだ声で、大体の状況は把握することができた。
心電図が波を打っていることから、匠さんは死んではいないみたいだ。
だけど、明らかに様子がおかしい二人を見ていると、匠さんの体に何らかの異変が起きているのはわかる。
こわごわと、匠さんの容態を聞いてみた。
「あ、あの、匠さんは、大丈夫なんですか」
大丈夫じゃないのは聞かなくてもわかるけど、それ以外の言葉を使いたくなかった。具体的に何がどうヤバいのかなんて、聞いても胸が苦しくなる情報だから。
だから私は、オブラートに包まれた答えを求めて、こんな中途半端な聞き方をしたんだ。
そんな私の心情なんて知らないドクターは、胸を抉り取るような、辛辣な現実を説明してくれた。
「匠君は、今朝から血圧が低下している。非常に、危険な状態だ」
鼓膜が破れたかのように、周りの音が消えた。
力が入らなくなって、全身の身震いが止まらなくなる。
耐え難い現実を告げられた瞬間、正気を失うように、頭の中がぼんやりとし始めた。
ついに、この時が……絶望と共に手から離れた認定証が、パチッという音を立てて床に落ちた。
「あ、樺山、これ……」
風太君が落ちた認定証を拾ってくれると、私に渡す前に内容を確認した。
プロセラピスト認定証という名称が風太君の目に入ると、少しだけ顔の陰りがなくなった気がする。
「兄貴との約束、守れたんだな」
雲間に光が差し込むように、風太君は目を光らせてくれた。
そうだ、私は約束を果たしたことを、匠さんに知らせに来たのだ。
匠さんは、私の声を聞き取れるのだろうか。
せっかく目標を達成することができたのに、それを伝えられないのだったら意味がない。
匠さんは、私が立派なセラピストになるまでは死なないと言った。
立派とまではいかなくても、せめてプロのセラピストになれたということだけは、伝えないと。
それさえも知らないまま死ぬなんて、約束と反しているから。
ベッドの横についてある柵に手をかけて、間近で匠さんの顔を見る。
すると、私の想いが通じたのか、匠さんの瞼がスローモーションで開かれた。
「匠さん!」
思わず柵を揺らしてしまうと、匠さんの顔も左右に揺れる。
ドクターが「ちょっとごめんね」と言って、私の前に割り込むと、匠さんの様子を確認し始めた。
脈を図るようにしながら「匠君、わかるかい」と、何度も聞いている。
そのドクターの問いかけが耳に入る度に、匠さんは僅かに頷いた。
匠さんとコミュニケーションが取れることに、自分の気持ちを抑えることができない。
最初のコメントを投稿しよう!